「あ、大丈夫。…ごめん」
抱きしめられるようにして浩一の胸の中にいた私は、慌てて浩一の胸を押し戻した。
「全然大丈夫じゃねぇじゃん」と浩一は私の腕を握ったまま。
「何よ、大丈夫よ」と腕を引き剥がそうとすると
「アサ…」
浩一が私の名前を口にしようとした。
そのときだった。
「先生」
近くで聞き慣れた少年の声を聞いて、私は顔を上げた。
浩一のかけ声は、その声を最後まで聞くことなく、中途半端に止まった。
夏の終わり、秋のはじまりを告げる少し冷気を含んだ優しい夜風に
黒いふわふわの髪の先が揺れていた。
影も黒い。……って、当たり前か。
私を『先生』て呼ぶのは、私が『先生』である立場の相手はたった一人。
黒猫だけだ。



