私が黒猫の顔を見ても、今回は視線を逸らさなかった。
大きな目でじっと見つめられて、私の心臓がドキンドキン!と大きく跳ねる。
「く…黒猫…?」
様子を窺うように目だけを上げて黒猫を見つめ返すと、
バサッ
大きな音を立てて、さっきまで黒猫が持っていた参考書が床に落ちた。
びくっとして思わず音のした方を見ると、そのふいに黒い影が私の上を覆った。
慌てて顔を上げると、すぐ傍で立ち上がった黒猫が腰を屈めて私を覗き込んできた。
いつもの可愛いまなざしじゃなくて、それはどこか色気を含んだ“男”の視線―――
口元を引き締めている表情は一見してつまらなさそうに、けだるそうに見えるけど、こいつのこの表情は
真剣なときだ―――
「男なんて所詮煩悩に打ち勝てない俗物だ。
そうだと思わない?せんせー」
さっきの台詞を、今度はにやりと口元を吊り上げて意味深に言い放つ黒猫。
黒猫は大きな手で私の髪をそっと撫でて、そして頬を手で包んだ。
挑発されてるような物言いなのに、その手付きは反対にすごく優しくて繊細な何かを扱うかのように丁寧だった。
目をまばたかせて黒猫を見つめると、
黒猫は小さく吐息をついて、またもおでこにこつんと自分のおでこを合わせた。
僅かに目を伏せて黒猫の前髪がふわりと私の額を撫でる。
嗅ぎ慣れたさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。
「何か言ってよ…」黒猫がぽつりと呟く。またちょっと頬を赤くして視線を泳がせている。
「俺なりにかっこつけたんですけど」
何か―――…?しかも、かっこつけたって…暴露しちゃう??
ちくしょう。
不覚にもその色っぽい“男”の誘い言葉に、一瞬ドキリとさせられた。
「お日さまの香り―――」
思ったことが口に出てしまった。
けれど私は気にせずに黒猫の頬を両手で包んで、
「もっと近くで感じたい」
黒猫を真正面から見つめた。



