翌日の日曜日、午後一時になる少し前、『ラヴィアンローズ』の前に出た。
幸い、午前中に降っていた雨はもう止んでいる。

「お待たせ」

柳さんもすぐに階段を下りてきた。

「ううん、私も今来たところ」

「なら、よかった。じゃあ、行こうか」

「ねえ、柳さんの部屋とかじゃないの? どこ行くの?」

「すぐそこだよ。五分くらい歩いたところ。ついてきて」

微笑むだけで詳しくは教えてくれない。
私もそれ以上は何も聞かず、歩き出した柳さんの後を歩いていった。

松屋駅界隈は少々さびれている。
下町のような古びた街並みのくせに、義理人情みたいなものは一切感じられない。
どこか排他的な雰囲気さえ漂う。

築三、四十年は超えていそうな住宅街を歩き、大きな通りに出ると、これまた昔ながらのお店が数軒並んでいる。

この辺りのお店、入ったことないんだよね。
そんなことを思っていると、その中の一軒の前で柳さんは足を止めた。

「ここなんだ」

「えっ」

見上げると、茶色が色あせた出っ張りテントには『喫茶キューブ』と白い文字で書かれてある。

事情がよく呑み込めないでいると、柳さんはさっさと左隣の『城東クリーニング』との間に入り込み、脇にある勝手口のカギを開けた。

「さあ、入って」

「えっと、ここは?」

「僕の職場」

「喫茶店が? あ、お邪魔します」

柳さんが照明をつけると、勝手口からつながるそこは小さな厨房のようだった。
カウンターからはレトロな客席がちらりと見えた。

「ここ、祖父の店だったんだけど、二年前に亡くなって。それからは僕がやってる」

「えっ、柳さんのお店?」

「そういうことになるね」

「すごい」

素直な感想が口を突いて出た。