翌日。俺は父さんに骨董品を売りに行きたいということを伝えた。
 どうやら、父さんも臨時収入が欲しかったらしい。俺が言ってもいないのに、
「よし、母さんには何も言うな。分け前は半分ずつでいいな? ただ、お前は中学生だから大金は渡せない。銀行に振り込むから成人になったら使いなさい」
 と、自ら言ってきた。
 こういったところは、祖父の血をひいているなと感じる。子供のような大人だ。趣味である釣りのルアーが買えるなと、子供のような無邪気な笑顔を見せながら広告を見る。
 そして、手早く、俺が持ってきた全ての骨董品を車に入れると母さんに、
「ちょっと、こいつが参考書欲しいと言っているから、一緒に本屋に行ってくるよ」
 と、いかにも怪しい理由をつけてから、俺を誘った。
 祖父と同じで、父さんは嘘が下手な人だなと思う。そして、単純な母さんはこれに騙されて、嬉しそうに「そう、高校受験だもんね。気をつけて行ってらっしゃい」と送り出してくれた。
 物凄く後ろめたい気がするので、父さんに「帰りに本屋にも寄って」と言ったのは、ここだけの話で。
 更に、父さんが意味深な笑みを浮かべた瞬間、はめられたのかもと思ったのも、ここだけの話にしておこう。
 ただ、問題は骨董品の価値を見てもらってからだった。期待していた買い取り金額よりも安く、後部座席いっぱいに詰めこんだはずの品は、数万円程度にしかならなかったのだ。
 つまり、贋作や大量に流通していた物ばかりだった。父さんと疲労困憊状態で帰宅する。そして、ふと後部座席に目をやると、俺の視界に信じられないものが飛びこんできた。
 風呂敷包みで覆い、紐で括っている箱。それは紛れもなく、あの番傘が入っている桐箱だ。ついでに売ろうと思っていたのに、車から出すのを忘れたのだろうか。いや、思えば、こいつは俺の自転車にも載っていた。
 偶然なのだろうか。そう思えなくなってくる。けれど、車内に置いたままにしておくわけにもいかない。
 俺は仕方なく番傘を持って車を降りた。そんな俺を父さんは妙な表情をして見る。
「それは売らなかったのか? かなり高そうな物に見えるが……」
 父さんは骨董品に興味がない。これは俺と同じだ。だから、高そうな物と感じたのは、目利きなどではなく奇麗に保管してあるからだろう。
「いや、大事なものかと思って売らなかったんだ。午後に、ばあちゃんに返しに行くよ」
 本当のことを言ったら馬鹿にされると感じたので、何となしの嘘をつく。
「そうか……行くなら車を出すぞ。今度こそ、お宝を発見したいからな」
 親切に連れて行ってくれるのかと思ったら、本音は買い取り金額に満足していないということらしい。
 父さんが見ていたルアーは十数万単位だったから、その金額に達するまでは諦めきれないのだろう。
「俺は目利きじゃないから、高いのを見つけられなかったのかも。蔵にはあれの五倍以上は骨董品が残っていたよ」
 そういうと、父さんの目が輝いた。本当に祖父にそっくりだ。そして、俺も父さんの血をひいているんだよなと思う。
 お昼は焼き飯。それを俺と父さんは素早く腹に詰めこむと出掛ける準備をした。今度は母さんが見ていないのをいいことに、父さんは隠れて車の鍵を取ってくる。
 嘘が下手なんだから、そのほうが良策だろう。俺も番傘を後部座席に置くと、助手席に腰かけた。その時だ。
「何だよ。またどこかに行くのか?」
 不意に声が聞こえた。思ったより近くで。後ろを見るが誰かがいるわけもなく、父さんは気づいていない様子だ。
「父さん。今、子供の声が聞こえなかった?」
 俺のこの質問に、父さんはすこし考えた唸り声を出すと、何故か愉快そうに笑う。
「子供の声なら、お前の口から出たぞ」
 真面目に聞いているのに、空気を読めずに冗談を言うところも、父さんは祖父に似ていると言える。
 ただ、それは今は置いといて。何よりも俺が怖くなったのは、後ろから聞こえた声が、蔵にいた少年を想起させるものだったからだ。