「それで、伊織さんにどのようなご用件ですか?」
(名前で呼んだ?)
女性は何の躊躇いもなく、伊織さんを名前で呼んだ。それは普段から呼び慣れている証拠で。嫌な予感で鼓動が速くなる。
でも、と私は足元に置いたカバンを持つと持ち手を握りしめる。
(私だって……伊織さんの妻なんだ。何を遠慮する必要があるんだろう)
うつむいた顔をゆっくり上げると、女性をまっすぐに見返す。そして、カバンを彼女の前に掲げて見せた。
「おばあちゃんからこれを。入院に必要なものと聞いてます」
「それはわざわざありがとうございます」
女性が受け取ろうと前屈みになったけど、私は彼女に渡さず自分で抱え込む。子どもっぽい態度だと解ってはいるけれど、勢いに飲まれて流されたくはなかった。
“妻ならしっかり夫を助けるのが役割だろう”
そんなおばあちゃんの言葉に後押しされた。
「い、伊織さんのお世話なら……妻の私がします。ですから……今までありがとうございました」
思い切った宣言は声が震えた上にかすれていて、だいぶみっともなかったけど。自分では精一杯の勇気を振り絞って出した言葉だった。



