「あ~……やっぱり降ってきたか」
従業員出入口から出ると小雨が降ってたから、折り畳み傘をバッグから取り出す。
パンッ、と割と大きな音が立ち、傘が開いた。
そのまま帰ろうと自転車置き場に足を向けた時、私の耳に小さなうめき声が入ってきた。
(え、誰かいるの?)
首を巡らせ周囲を見回してみるけど、人の姿は見当たらない。まさか幻聴?ゾッと背筋が寒くなって、急いで自転車に乗ろうと早足で自転車置き場に向かう。
けれど、まさか。
店の植え込みに男性が寄りかかっていたなんて、思いもしなかった。
その人は、サラリーマンだろうか。ダークグレーのスーツを着て、苦しそうに呻いてる。まだまだ若い。二十代後半から三十代前半辺りだろう。黒髪が雨のためか濡れて、額に張り付いてる。顔が赤いのは、熱があるから?
なら、このまま放っておく訳にもいかない。私は彼を抱き起こすと、傘をさして雨を遮りながら声をかけた。
「あの、もしもし。聞こえますか?」
「う……」
「歩けそうですか? もしも辛いなら誰か呼びましょうか」
私が体を傾けさせたからか、彼が身動ぎした途端にポケットからスマホが地面に落ちる。すると、タイミングよく着信音が鳴り出した。
「よかった……きっと心配してますよ」
安堵した私がスマホに手を伸ばすと、突然その手が掴まれた。
「出るな……」
「え、でも……すごい熱ですよ」
「いいから、出るな!」
彼は、絞り出すようにそう言い放った後――そのまま気を失った。



