ふわり、と頭に軽くあたたかい感触がした。
(え……)
ポンポン、と2·3度、柔らかい動きを感じて。
伊織さんに頭を軽く叩かれたと知るのは、数秒遅れてからだった。
「そう、思い詰めるな」
「え……」
今まで冷たく突き放すだけの伊織さんの声が、ほんの少しだけ優しく響いたのは。優しさに飢えた私の願望だったのかもしれない。
だけど……。
伊織さんは確かに、私を慰めてくれた。
「あんたは張り詰め過ぎだ……今まで走りっぱなしできたんなら、少しは休んだって良いだろう?」
「……はあ」
急に優しくされても、頭が着いていかない。伊織さんの豹変に戸惑いながらも、やはり彼の術中にはめられていく。
「1年、簡単なバイトのつもりで好きなことをすればいいだけだ。表沙汰にならなければ、好きな男と付き合ってもいい。 夫婦としての義務は時折社交場に顔を出す程度でいい。それ以外は求めない。
何より、今あんたが頷くだけで祖母の借金が全て帳消しになるんだ。悪い話ではないと思うが?」
ぐらり、と気持ちが揺れた。とりあえず、返済期限が迫る借金を無くせる。おばあちゃんの大きな心労を一つ無くせるなら……一時間以上悩んだ後、私は断腸の思いで彼の提案を飲んだ。
「……わかりました。そのお話をお受けします。ただし、借金はいずれ私がお返しをします。それから、慰謝料もマンションも要りません。生活費も折半でお願いします」



