「まったく、わしを100までこき使うつもりかねあんたは」
おはる屋に着いて早々、おばあちゃんから苦情が入りましたよ。
たぶん、土地の寄贈の話が伝わったんだ。おばあちゃんの手元には子どもたちの署名の冊子が置いてある。
「わしだって鬼じゃない。これだけの人たちが望むなら、閉めるに閉められないだろ」
「……それじゃあ、おばあちゃん。おはる屋は……」
私が期待を込めておばあちゃんに訊くと、盛大なため息をつかれた。
「まったく……癪だがね。必要なら続けるしかないだろ」
あれだけ説得しても気が変わらなかったおばあちゃんも、さすがに3000人の訴える声は無視できなかったみたいだ。
「だけど、おばあちゃん。体のこともあるし無理しちゃダメだよ」
「それならば心配はいらないよ」
私の言葉を受けて、別の声が答えてくれる。聞き覚えのあるそれに振り向くと、丸椅子に腰かけたおじいちゃんがにっこり笑う。
たしか、おばあちゃんの茶飲み友達の源さんだ。海水浴の時もおばあちゃんと一緒にいたっけ。
「静子さんのことはワシがようく見とるで、碧ちゃんは心配ばかりせんと。自分のことに一所懸命になりんさい」
「そうだよ、碧。あんたはあんたの生活があるだろ? 年寄りのわしにばかりかまけてないで、自分の生活を大切にしな」
うんうん、と源さんも頷いてる。その包み込まれるような深い眼差しは、本当のおじいちゃんみたいで。
穏やかな笑みでおばあちゃんを見守ってくれる源さんは、チャキチャキしたおばあちゃんにぴったりだな……って感じた。



