契約結婚の終わらせかた




すると、伊織さんはもう一度スマホを取り出し電話を掛け始めた。


「私は和泉という者だが、店長はいるか?」


どこに掛けているんだろう?と疑問に思いながらも、この隙にと伊織さんから離れてバイトに向かおうとしたのに。彼は、一瞬距離が出来た腕を掴んで痛いほど握りしめてきた。


「ああ、店長か?私は和泉という者だが、今日シフトに入っている篠崎 碧は休ませてもらう……理由?それは体調不良だ」

「!」


伊織さんが放った言葉に、一瞬耳を疑った。


「ちょ……どうして、勝手に休みにするんですか!」


取り消させようと伊織さんに詰め寄ると、彼は私のことなどお構い無しに話を進めた。


「私が誰か? 碧の婚約者だ。彼女は昨夜雨に打たれ熱を出した。我慢強い彼女だからギリギリまで私に知らせず、つい先ほど偶然知って無理に休ませることにした……かなりの高熱で酷く消耗している以上、数日は休ませてもらう」


伊織さんは一気に言い切った後、たぶん返事を聞かずに通話を終えた。会話を止めるためにスマホを奪おうとしたけど、リーチと身長差でどうにも太刀打ちできない。


「どうして、あなたが勝手にお休みにするんです!? 私が働かないと借金だって返せないじゃないですか!」


あまりの傍若無人ぶりに悔しくなって、じわりと涙がにじんできた。ブルブルと震える私を見ても、伊織さんの冷静な表情は変わらない。


何の説明も言い訳も釈明もないまま、しばらく気詰まりな沈黙が続いた後――伊織さんのスマホが鳴って着信を知らせた。