ならば、と正蔵さんからはひとつの提案をされた。
正直な話、それも受けるのは断ろうと思ったけれど。今の伊織さんの態度を見たら、契約期間終了までこのままうやむやになる気がする。
だから、とても申し訳ないと思うけど。それだけはお受けすることにした。
密かに準備を進める。
伊織さんに知られないようにするのは大変だったけど、これは必要なことだからと隠れて用意をした。
もともと荷物は少なかったから、まとめるのはそれほど苦じゃない。食事の心配はあるけれど、それはハウスキーパーの鈴木さんに頼んで、段階的に進められるようにレシピを作っておいた。
太郎と花子は彼が熱心に世話をしているし、ミクは鈴木さんの世話で事足りる。後の家事は鈴木さんに任せてある。
以前と同じ状態に戻るだけ。
あるべき場所へ戻るだけ。
正蔵さんと話した一週間後、私はマンションを出てひっそりとアパートに移った。
別居。
私が本気だと伊織さんに示すため。そして、彼が心変わりするのを待つために決断した。
たぶん、今の伊織さんは餌を与えられる雛鳥のようなもの。私を餌をくれる親鳥だと勘違いしてるだけ。
離れて頭を冷やせば、冷静になれば正しい判断ができるはずだ。私みたいな地味で何の取り柄もない女より、あずささんの方がよほど魅力的だと。
顔や容姿の美しさも女子力もキャリアも頭の回転の良さ、教養に性格のよさ、血筋に両親。家名に後ろ楯……彼女は私がないものをたくさん持ってる。
ちょっと腐ってたけど、あれだけの良い条件の人はなかなかいない。
うん、大丈夫。誰が見比べてもあずささんの方がいい。自虐ネタになるけど、男性が100人いたら100人ともあずささんを選ぶだろうな。



