正蔵さんからは手切れ金としてとんでもない金額を提示されたけれど、私は一円もいただけませんと断った。
「私が望むのは伊織さんが幸せになること。出来れば葵和子さんも幸せになって欲しいです」
「……悪いが、この年になるととんと疑い深くてな。きれい事過ぎて欺瞞とも思えるが」
正蔵さんの言葉は確かに、的を射てる。長年生きてきた人だけに、見る目が違う。
「でしょうね」
私は、フフッと笑う。自分でも自然に出てきたものだった。
「私の考えは自己満足かもしれません。本当は……私も伊織さんと一緒にいたい。もっと彼を見て、そばにいる権利が欲しい。私だってひと皮剥けば身勝手でわがままな人間なんです」
こうやって本音を言えるのは、もう二度と会わないとわかってる人だから。顔見知りより行きずりの他人に悩みを話しやすいのと同じ。
「でも、伊織さんと暮らすうちに本当にいろんなことを知りました。相手を想うこと……大切なことを。そして、たくさんの幸せをもらえました。
だから、私は自分より伊織さんに幸せになって欲しい。
これは嘘偽りない気持ちです。ですから、私は伊織さんとお別れします」
私がそう言い切ると、正蔵さんは項垂れて「すまない」と呟いた。
「君が伊織をどれだけ想っているか解るだけに辛いが……この選択が、誰ものためになるとワシは信じてる。でなければ君の気持ちも浮かばれまい。
ワシは全力で伊織をバックアップする。どうか安心して欲しい」



