正蔵さんは思ったよりも痩せてシワだらけ。目は落ち窪み、白い髭が目立つ。病気だとは聞いたけど、百歳と言われても納得できそうな老いが見えた。
「はじめまして、和泉 碧と申します。突然のことで手ぶらでご容赦ください」
「いきなり呼びつけたのはこちら。そう気を遣わずともよい」
正蔵さんの嗄れた声はかなりかすれていて、苦しいのか時折咳き込んでいる。心配になって「大丈夫ですか?」と訊くと、「平気だ」とぜえぜえ息をする。
そして、正蔵さんは予想外の行動を取る。
私に向かって、深々と頭を下げてきたんだ。
「正蔵様!?」
佐倉さんの焦った声が聞こえる。彼は止めさせようとしていた。それも当然。
地元どころか日本を代表するグループ企業の総帥が、こんな二十歳かそこらの小娘に頭を下げるなんて。普通ならあってはならないことだ。
そう、いつもなら。
「お願いだ! どうか、伊織から身を引いてやってくれ!!」
頭を擦り付けながら正蔵さんが願ったのは、ただそれだけ。
「伊織を桂グループの後継ぎにするためには……中村の支援が必要。中村の娘であるあずささんと結婚すれば、伊織は確実にワシの後継ぎとなれる。
それが伊織にとっても誰にとっても一番幸せになれる最善なのだ。
だから、お願いだ。伊織と別れて欲しい。伊織でなければ今の桂グループを立て直せないのだ」



