そして、日常が壊れる時はやって来た。
「失礼、碧さん。正蔵様がお呼びです。ご一緒にお越しいただけますか?」
バイトの帰りにおばあちゃんの様子を見た後、おはる屋を出たところで桂家の使いである佐倉さん――伊織さんのお父様である正蔵さんの秘書――に呼ばれた。
彼はおはる屋のすぐそばに車を停めて、私が通れないようにしてる。
たぶん、今断ってもいろいろな手段で無理に連れて行かれるだろう。だったら、すぐに受けた方が建設的だ。
(それに……私だって言いたいことはあるから)
通勤用のハンドバッグの肩ひもを持ち、ギュッと握りしめる。気後れする必要はない。どうせすぐに無関係になるのだから。
驚くほど静かで快適な乗り心地の車で向かったのは、市街地の中心からやや外れた郊外にある有名な邸宅。武家屋敷の様な厳つい門に囲まれ、何棟もの棟に別れた家屋。どこぞの有名な庭師が造った見事な日本庭園。
桂グループの総帥である桂家当主·正蔵が住まう桂本家の邸宅だった。
意気込んではきたものの、あまりの迫力に何も口にできなくて。佐倉さんの後に着いてなるべく静かに廊下を歩く。
かなりの距離を歩いた後、襖が全て外されて庭園をぐるりと見渡せる30畳ほどの和室に出る。
そこには和室に合わない電動ベッドが設置され、近くに看護師と医者が常駐してる。
そして……
ベッドの中に横たわる人物こそ、伊織さんの父で葵和子さんの夫である桂 正蔵だった。



