おばあちゃんが大丈夫だと言い張るから、とりあえずおはる屋を出て後で様子を見ようと決めた。
「少しこの辺りを歩くか」
「そうですね」
私も病み上がりではあるけれど、最近あまり動いてないから運動しないとな。誘ってきた伊織さんとともに、ゆっくりと歩き出した。
おはる屋の前にはあまり大きくない道が通っていて、少し進むと下町が見えてくる。
昔ながらの木造の町並みが広がって、鎮守の森に囲まれた高台にある神社が見えてきた。
「ほら」
「え?」
神社に向かう急な石の階段を前に、伊織さんが手を差し出してきた。
「危ないから、掴まれ」
「……」
確かに急斜面の石段は苔むしている上に、濡れた落ち葉で滑りやすいだろう。でもまさか……伊織さんがそんなふうに気遣ってくれるなんて。
(いいのかな? 別れを決意してる私が……あなたに触れても)
おそるおそる手を伸ばしたけれど、やっぱりいけないと手を引っ込める。この手は、別の人のためにあるべきだ。
そう思ったのに。
伊織さんの手が私の手を追いかけてしっかり掴み、ギュッと握りしめられた。
大きくて硬い手のひらに、心臓があり得ないほどに跳ねる。
ドキン、ドキンと鼓動が速くなって、息が……胸が苦しい。
そのまま上がった神社の拝殿で、お賽銭箱に小銭を投げ入れる。
500円……。
奮発した理由は、いつもより願いを叶えて欲しかったから。
(お願いします、どうか伊織さんが幸せになれますように。伊織さんと葵和子さんが仲直りできますように。伊織さんが最愛のひとと結ばれますように)
世界で一番愛しい人には、世界で一番幸せになって欲しいから。
それだけをひたすらに祈り続けた。
(それから、おばあちゃんが健康でいられて、おはる屋も安泰でありますように)
五回分の残りは後でちゃっかりお願いしておいた。



