こんなことじゃ、いけない。

流されてうやむやになるような、中途半端な決意じゃなかったはず。


私はお雑煮が入ったお椀をダイニングテーブルに置くと、伊織さんに切り出そうとした。


「あの、伊織さん……これを」

「その話なら聞かない」


私が指先で寄せた離婚届を、伊織さんは指先で弾いて返してきた。


怯みそうになるけど、ここで後ずさるなと自分に言い聞かせる。


「そんなの……わ、私はあなたのことを考えて」

「俺の人生、どうするかを決めるのは俺自身だ」

「でも……」

「…………」


それ以上は何も言う気がないようで、伊織さんはだんまりを貫き通す。


こうなると貝よりも頑固に口を開かない。とりあえず今は諦めて、お雑煮の野菜をもそもそと頬張る。


沈黙が下りる中で、唐突に伊織さんは口を開いた。


「今日は、なにか予定があるのか?」

「あ……はい。とりあえず年始の挨拶回りに。最初はおはる屋に行こうと思ってますけど」

「なら、俺も行く」

「え?」


伊織さんは椅子から立ち上がると、お椀と箸をシンクに持って行って水を流す音が聞こえる。


(え……もしかして……洗ってるの?)


今まで無かったことに信じられない気持ちでいると、とあることに気付いて慌てて走った。


「ちょ、ちょっと待ってください。 伊織さん……せめて洗剤とスポンジを使って!」


私がシンクに駆けつけたところ……


案の定、伊織さんは洗い物を水で軽くすすいだだけで、水が付きっぱなしのまま食器棚に戻そうとしてましたよ。