(伊織さんに……好きな人ができたのかな)
ぼうっとしながら考える。
(もしもそうなら……私は、笑って“おめでとう”って言わなきゃ。それに……離婚届けにサインして……マンションから出ないと。いつまでも私が居たらややこしくなるもんね)
(荷物、まとめた方がいいかな)と考えた瞬間、突然肩を揺すられた。
「おい、どうした?」
「あ……」
かなり近い距離に伊織さんの顔があって、心臓が止まるかと思うほど驚いた。バクバクと鳴る胸を押さえながら、彼を見られなくて微妙に視線を逸らす。
「な、何ですか?」
「茶が冷めるぞ」
伊織さんがトンッと指先で弾いたのが、抹茶が入った湯飲み。そういえば川沿いを散策中に茶屋があったから、休憩がてら抹茶とふ菓子を注文したんだ。
「す、すみません……すぐにいただきます」
せっかく点てていただいた抹茶なのに、ぼんやりし過ぎだと自分を叱りつけた。
(私のバカ! 伊織さんを楽しませなきゃいけないのに……ボ~ッとし過ぎだ)
パァン! と自分のほっぺたを叩いて気合いを入れ直す。せっかくだから、楽しまなきゃ!
たとえ伊織さんに他に好きな人が出来ても、今日と明日は私と一緒にいてくれる。うじうじ悩むよりも、ここに居る間はすっぱりと忘れよう。
「すみません、ちょっとぼんやりして。あ、草だんごがありますよ。追加注文しましょうか?」
「いらない」
ふ菓子を半分でリタイアした伊織さんは、早くプリンを食べたいのかそわそわして見えた。



