契約結婚の終わらせかた




「私の希望?」

「ああ、俺ができる範囲ならば何でも」


伊織さんは私をまっすぐに見て誓ってくれた。


何でも、してくれる。伊織さんならば、たぶん不可能なことはほとんどない。高価な品物を買ってもらうとか、ヨーロッパ旅行にいくとか、北海道へおいしいものを食べにいくとか。恋人らしく過ごしたい……そう望めば、きっちり叶えてくれるだろう。


だけど……


私が一番最初に思い浮かんだことは、一番の。そして最大の望みだった。


「なら……あの」


言って良いのかわからずに、それでも言わなきゃと勇気をかき集めて彼に告げた。


「その……手紙を……書いて欲しいんです」

「手紙? 紹介状か?」


ブンブン、と首を左右に振ってゴクリと喉を鳴らす。汗をかいた手のひらを握りしめ、震えを押さえながらその名前を出した。


「葵和子さんに……です」

「……なんだと?」


案の定伊織さんの顔が強張り、こちらを睨み付けるように目付きが鋭くなる。


ブルブルと震える手のひらをさらに握りしめ、伊織さんに挑むように話した。


「一度だけで、いいんです。葵和子さんは……伊織さんの様子を知りたがってました。健康で幸せに暮らしていればいいと」

ガシャン! と何かが壊れる音がして慌てて口をつぐむ。伊織さんが近くのモニュメントを殴って壊した音だった。


「幸せに……? 笑わせるな! 幸せを壊したどの口で言いやがる! 俺を散々放っておきながら、今さら親面して出てきやがって!!」


ガシャン、と再びガラスのモニュメントが壊れる。慌ててハンカチを出すと、伊織さんの手のひらに巻いたけど。


流れた血は、きっと心の血と一緒なんだ。彼の心の傷はとてつもなく深い。