チッ、と舌打ちした伊織さんも少し冷静になったのか、私ごと葵和子さんを放り投げる。
何とか自分を下敷きにして葵和子さんの体を受けとめると、背中を強かに打ち付けた。
「二度と、俺の前に姿を見せるな!」
鈴木さんに止められた伊織さんは、そう言い捨てて乱暴に自室へ向かう。ドアが壊れるかと思うくらいに激しい音が聞こえ、ようやく静かになった。
「ああなったら伊織さんはしばらく戻りません。触らぬ神に祟りなし。放っておくが一番です」
10年も伊織さんのもとで働いているからか、鈴木さんはけろっとした様子でそうアドバイスしてくれた。
「本当にごめんなさいね……せっかく上手くいってるのに、わたくしのせいで仲が悪くなったら」
葵和子さんはまたも泣きそうな顔で、ひたすら私に謝って下さるけど。そんなことありません、と私は首を横にふる。
「私と伊織さんは愛情で結ばれた訳ではありませんから……気にしないでください」
「それより、背中を打ったんではないかしら? 見せてくださる?早く手当てしなくては痕が残ってしまうわ」
息子が乱暴でごめんなさい、と謝りながら葵和子さんが慣れた手つきで背中を冷やし手当てしてくれた。
伊織さんは昔やんちゃで、よくけがをしてきたんですよと昔ばなしを聞きながら。
(とにかく謝ろう……許してもらえるとは思えないけど)
葵和子さんが帰った後、部屋のドア越しに謝罪したけど。
その日伊織さんは決して自室から出てくることはなかった。



