葵和子さんの涙が止まるまで、ただ静かに聞こうとした。
だけど……
バタバタバタと乱暴な足音が廊下から聞こえて、ギクッと体が強張る。
(この足音……まさか、伊織さん? でも、彼はもう出張の新幹線に乗って仙台へ行ったはずなのに)
だけど、現実というものは容赦ないもの。この家に入れる家族なんて私と伊織さんしかいない以上、やって来るのが彼なのは明白で。
スワロフスキークリスタルのオーナメントがじゃらり、と舞い上がってすぐ。鬼のような形相の伊織さんが姿を見せた。
「なぜ、アンタがここにいる!?」
「伊織……」
葵和子さんはスッと立ち上がると、息子に向かって何かを言いたげに口を開く。
だけど、それはうまく言葉にならないのか。やがて諦めたように口を閉じた。
「ごめんなさい……勝手に上がり込んで。わたくしが頼み込んだだけ。碧さんを責めないで」
「黙れ!」
伊織さんは葵和子さんの紬の袖を掴むと、そのままものすごい勢いで彼女を引きずろうとする。あまりに突然な出来事で、葵和子さんがバランスを崩して倒れかけたのに、伊織さんは全く気にもしない。
慌てて私が葵和子さんの体を支えて、伊織さんに必死に言い募る。
「伊織さん! いくらなんでもこれはあんまりです。そのままお帰りいただけばいいだけでしょう。独断で勝手に上げたのは私です。怒るなら私だけにしてください」
「五月蝿い! 赤の他人が口出しするな!!」
いつにない怒りに満ちた声に気圧され、それ以上は何も言えない。だけど、このままだと葵和子さんは伊織さんに何をされるかわからない。そのために決して体を離すまいと、彼女にすがり付いた。



