「……あの子が戸籍すら抜いて分籍し和泉を名乗るのも、わたくしを母と認めないのも当然です。わたくしは母らしいことをなにもしてやらなかったものですから」
葵和子さんのグラスを包む両手は震え、カタカタと氷が鳴る。彼女がギュッと掴むように握りしめたグラスは、たくさんの汗をかいてた。
それだけを告げて目を伏せた葵和子さんの目尻には、確かに光るものが見えて。ズキッと胸が痛んだ。
(葵和子さんは……伊織さんに嫌われてるのを知っているんだ。それでも母親として気になって……私を通じてでも良いから様子を知りたいと)
これが、親心以外のなんと言うんだろう?
寂しそうに微笑む葵和子さんは、私が「一度会ってみては?」と提案しても首を横に振るばかりだった。
「これ以上わたくしがあの子の生活を乱すつもりはありませんの。ただ、無事に健康で……幸せで暮らしていたら、それでいいのです。
碧さんのお話を聞けてよかった。あなたのお陰で伊織も落ち着いてきている様子。ありがとう」
それだけでいいとおっしゃるけど。本当は、そんなはずない。
お腹を痛めて生んだ血を分けた子どもだからこそ。顔もみたいはずだし、声も聞きたいはず。
(たしか……伊織さんは今日は地方への出張で帰って来ない)
伊織さんの不在に気づいた私は、思い切って提案した。
「あの……よかったらマンションにいらっしゃいませんか? 伊織さんは今晩出張でいませんから」



