あの後伊織さんは30分くらいで起き出して、何も言わず黙ってボートを浜へ戻した。 どうやらボートが離岸流に乗りかけていたらしい。彼の危機察知能力は凄い。
意識してるのはきっと私だけなんだろうな、と考えるだけで寂しくなるけど。思いがけずに穏やかな時間を過ごせたから、これ以上求めたらバチが当たるって自分に言い聞かせた。
お昼はどうせなら好きなものを、と思い思いに買って食べることに。
ただし、やっぱり伊織さんはまだ普通の食事がとれない。
彼の好みを考えて、パンプディングと果物を用意してきた。
伊織さんは最近ちょっとずつなら果物も口に出来るようになってる。私が創意工夫する努力よりも、本人が克服しようとちょっと前向きになったのが大きい。
「どうですか、味は?」
「……悪くない」
ビーチパラソルの下で黙々と平らげるのがパンプディングなんて、ちょっとシュールだけど。彼がちゃんと最後まで完食してくれたのが嬉しい。
「はい、薬はこれとこれです。ちゃんとお水で飲んでくださいね」
「わかってる」
渋い顔をして薬を飲み込む伊織さんは、すぐ水無しで薬を飲もうとするから油断できない。忘れることや指示を守らないこともしょっちゅうだし。
会社では葛西さんが監視をしてるから、家では私がしっかり見てないと。
せっかく仕事をセーブして病気も改善してるのに、またぶり返したら元の木阿弥だから。
……本当は彼のお世話が堂々と出来るのが嬉しいだなんて。きっと不謹慎だから、誰にも言えないけど。



