十一朗たちが喫茶店に到着してから十分後。
 予定よりもはやく貫野は姿を見せた。後には部下の文目の姿も見える。目が合うなりに彼は笑顔で手を振った。
「コーヒーくれ」
 貫野は店員にすれ違いざま注文をした。文目も「僕も」と倣うように言ってから座る。
「お望みの情報だ。人生の先輩を敬え」
 座ると同時に貫野は、A4用紙にまとめられた紙の束をテーブルの上に置いた。
「第一の公開自殺が起きた時刻は二か月前の午後七時。さすがに日が経っているからな、事件の曜日すら思い出せない者もいた。けど時刻が時刻だしな。家にいたとか塾にいたとかいう証言が多かった。もうひとつの久保京子の事件は一昨日(おととい)だし休日だ。記憶も鮮明だろうから、一日何をしていたか、なるべく詳しく書いてくれと言って書類を渡した」
 十一朗は書類を見た。時刻で区分けされた場所に、どこで何をしていたか記すものだ。
 それを眼力で穴が開くのではないかというくらい十一朗は睨み続けた。買い物に出掛けていた。家でゲームをしていた。習い事に行っていた。典型的な中学生の休日の過ごしかたのオンパレードだ。
 その中に十一朗は妙な文章を見つけた。指を差して貫野を見る。
「これも、本人が書いたもの?」
「今言っただろうが……本人に書かせたって」
 答えるのも面倒くさそうに貫野が言う。裕貴が不思議がって覗きこむ。そして「あっ」と叫んだ。
【多分・・・友達と一緒】と書かれた一文。
 書き込んだ少女の名前を見る。『日野みどり』。
 十一朗は貫野に視線を戻した。
「その日野って子の文章……何かおかしいか?」
 首を傾げて貫野は書類を睨みつける。十一朗はすぐに答えた。
「それ、三点リーダー。パソコンに打ちこまれた久保の遺書に使われたものだ」
「だから? 普通だろうが……今日(きょうび)の中学生はみんな使うぞ」
「若い人は今日日とも言わないしね」
 十一朗の突っこみに、貫野が置かれたコーヒーを一口飲んで誤魔化す。十一朗も紅茶を飲んだ。
「普通なら、『多分、友達と一緒』と書く。読点と三点の使い分けは癖字みたいなものだ」
 十一朗は、ペンを取り出してメモ帳に文字を書き示した。
「簡単な筆跡鑑定みたいなもんか」
「百パーという確率ではないけどね」
 日野という少女が書いた一日の行動を見る。十一朗はまた指差した。
「それと一緒にいた友達って誰だ? ここにある書類の子たちではないよな。多分、友達と一緒なんて言い回しも妙だし……ほら、二か月前のことはちゃんと覚えていて、塾にいたってなっているのにさ」
 久保の事件は一昨日の休日だ。つい先日に友達と一緒に出掛けていて、多分などという曖昧な記憶がありえるのだろうか。
 十一朗は不自然だと感じた。しかもその時間帯は――
「友達と一緒にいた時間って……京子の死亡推定時刻じゃない?」
 書類を捲っていた裕貴も気づいて顔をあげた。
 そう、日野という少女は突然、刑事から渡された書類に慌て、無理なアリバイを付け加えようとしたのではないか。共犯者と口裏を合わせようとした節もある。
「おいおい、それだけでこの日野って子を怪しむのか? ちょっと無理あるぞ」
 貫野が慌てて推理を停止させる。しかし、十一朗には影が見えていた。
「第一の公開自殺をした少女は、男と付き合っていた。名前と顔ははっきりしていないけど、その男がおそらく自殺屋だ。そして自殺屋は、どこかで関係者と繋がっている」
 そうでなければ、自殺屋が第一の公開自殺事件を起こした動機がない。
 真実を知った久保は自殺屋に自首を勧めようとした。それだけ同情する理由があったということだ。
 久保の行動――それが、自殺屋はただの殺人鬼ではないと示している。