横顔の君





「おいしいですね。」

「本当、おいしいです。」



バレエを見る前に、せっかくだから少し観光することになった。
早めに家を出て、列車の中でも流れる車窓の景色を話題に、ずっと楽しく会話した。



着いて、あちこちを観光し、その土地の名物を食べて…
すっかり旅行気分を満喫しているうちに、やがて、バレエの開演時間が近付いた。



「なんだか緊張しますね。」

「そうですね。
私もドキドキしてきました。」



私も照之さんも、初めてのバレエだということで少しおしゃれをしてきたけれど、やっぱりそういう人もいればカジュアルな人もいた。



そして、緊張の中、バレエは始まった。



もうギリギリだったこともあって、三階の席だったけど、初めてのバレエ鑑賞は感動の一言だった。
バレリーナの演技力、表現力というものに魅了された。
上演された物語は知らないストーリーだったけど、演技を見ていたら自然に涙が溢れた。
見る前は、ただ踊るものだと思っていたけど、実際に見てみるとそれは明らかに演技だと思った。
私はすっかりその世界に引きずり込まれ、気が付いた時には私の顔は感動の涙でぐしゃぐしゃになっていた。



「ちょっと顔を洗って来ます。」

公演は二部構成で、一部と二部の間には休憩時間があったので、私はどうしようもなくなったその顔を洗いに行った。



けれど、二部でもまた号泣してしまい、せっかく洗った顔はまた同じようになってしまった。



「あぁ、本当に素晴らしかった…
遠くまで来た甲斐がありましたね。」

「は、はい、すみません。
私、また顔を洗って来ます。」

私の感動は冷たい水でざぶざぶ洗っても、少しも冷めることはなかった。



(あぁ、すっきりした…)



あんまりお待たせしても悪いから、ささっと急いでメイクをして…
ロビーに戻ったら、照之さんが困ったような顔をして立っていた。