「初めまして。
隠岐照之と申します。」

「ようこそいらっしゃいました。
紗代の母親の吉村光代です。」



あの日…すべての誤解が解けたあの日からしばらくして、私は照之さんを家に招いた。
照之さんはけっこう緊張していて、その数日前には服まで新調して、家に来てくれた。



「だいぶ前から紗代さんとはおつきあいさせていただいています。
気が早いかもしれませんが、いずれは、結婚も…と考えています。」

「はやいことなんてありませんよ。
紗代はもう三十を越えてますし、妹も先に片付いていますからね。
いつでももらってやって下さいな。」

「お母さん…子猫をもらうんじゃないのよ。
そんな風に言わないで。」



私の言葉に、お母さんも照之さんも笑った。
和やかな雰囲気の中、皆で甘いものをつまみながら、他愛ない会話を交わした。



あの様子だと、お母さんは照之さんのことを気に入ったみたいだ。
照之さんの穏やかな雰囲気は、敵を作らない。
周りを温かな光で照らしてくれる人だもの。



「隠岐さんは、古本屋さんを営んでらっしゃるそうですね。」

「はい、小さな古本屋です。」

「不躾な事をお聞きしますが、古本屋さんって儲かるんですか?」

「お、お母さん!」



なんてことを訊くんだろう…
もしかしたら、照之さんが結婚の話なんか出したせいかもしれないけど、初対面でそんなことを訊くなんて…



「いえ、そんなには儲かりません。
あそこは元々商売っ気があってやってる店じゃないんです。」

「それでは他に副業を?」

「はい、マンションの家賃収入と駐車場の収入がありますので…」

「えっ!?」



そんなこと、少しも知らなかった。
そうか…だから、あんなに余裕があったんだ。
家も広いし、服もどんどん買ってたから、大丈夫なのかなって心配してた。



「そうなんですか、さすがは地主さんですね。」

「地主?」

「あら?紗代は知らなかったの?
隠岐さんはあの一帯の大地主さんなのよね?」

「いえ、そんなたいしたことはありませんよ。」



お母さん、どうしてそんなこと知ってるの!?
私は今まで知らなかった事実に、ただ驚くばかりだった。