2015年4月25日午前11時50分。克彦は永眠した。

大幹部と言えども奥底の一念が微妙にずれてくると・・・・。
と思ったが。このことはなこにはついに言い出せなかった。
残念だがこの一年間の体験もとうとうおまえに聞かせることが
できなかった。

「じっちゃん起きなよ早く!」小5のカイトが叫ぶ。
それでも事の重大さは感じているようだ。治が小6の時父清三郎が
広島の実家でなくなった。その時克彦が小4。ふたりで、
「死んだげな」と言いながら、今はみんな泣いている。笑ったり
茶化したりしてはいけない場面だ。幼心に厳粛な気持ちだった。

「じっちゃん起きなよ!」
「じっちゃんは死んじゃったんだからもう起きないよ」
『お前だって誰だっていつかは死ぬんだよ』
そう思いながらお題目を上げ続ける。

そのうち医者が来た。きわめて事務的に、
「御覧のように呼吸も心拍もゼロです。午前12時50分
松村克彦さんは永眠されました」

この宣告を機にみんなが一斉に動き出す。遺体はいったん処置のため
遺族の手を離れ、遺族たちは葬儀や各届手続き連絡に奔走する。
夕刻棺は葬儀社の遺体安置室に預けられ、翌日が日曜のためここに2泊。

月曜朝8時集合ということになって埼玉の娘に電話した。
「今から泊まりに行く明日一日孫遊びOK?」
「OK!」
何と幸せなこの響きよ!