誰にも見えないその影を




「あーあったあった」


私たち二人は今、ゼストの部屋にいる。そしてこの感情の入っていないようないわゆる棒読みな声は、ゼストのものである。


あれこれ考えているうちに、私はこの部屋に連れてこられたのだ。そして私を床に座らせてすぐに、ゼストはこの部屋にあるあらゆる引き出しを開け、まるで宝探しでもするかのように何かを必死で探し始めた。


そしてついさっき目的のものを見つけたようで、そのセリフにたどり着く、というわけだ。


100円均一で売ってそうな真っ黒のポーチを手に持って、私の前に座る。なんかこのパターン、覚えがある。


ゼストに踏まれた右腕。今ではもうすっかりアザも消えてなくなっているのだが、そのときもこんなふうに、わけのわからないまま手当してくれたんだっけ。ただの気まぐれだとか言っていたのも、今となっては少し懐かしい。


「その手、額から放せ」


未だに何が起こっているのかを理解できなくて、私は言われた通り手をのける。すると、つぅ、と何かが額から頬を通って落ちていく感覚があった。一体何だろうと思って手のひらを見る。


私のそれは、真っ赤に染まっていた。


「角にぶつけたのが原因だろうな」


落ちていく真っ赤なそれを止めるように、ポーチから取り出したガーゼを頬に当てていく彼。ずっと手で押さえていたのに、あの一瞬でわかったんだ……。自分でもこんな出血するほどの怪我だなんて気づかなかったのに。


あのときと違うのは、こういう時間が長く感じるということ。そしてそれはつまり、この幼馴染を身近に感じているということだ。あのときとは比べものにならないくらい、この幼馴染が私にとって大切な人になってしまった……――。


「――あいつのこと、責めないでやってくれよ」


「え?」


髪が乱れないように気を遣ってくれているのか、ガーゼを固定させるために頭に包帯を巻いていくその手つきは、とても丁寧だった。


「あのガキんちょのことだ」


「それはわかってるけど……」


それはわざわざ言うことでもないと思う。遊びたい歳なのだ。親は三日間いないわけで、知っている人と過ごせない少年。私だってそれくらいわかっている。


「俺がもっと早くに気づいていればよかったんだがな」


……………………。


「……ねえ。なんか最近のゼスト気持ち悪い」


いつもと全然違うんだけど。そう言って笑う私。だけどゼストの笑い声と重なることはなくて、不安を感じたそのときだった。うるせーよ、と彼は言って……。


「……告白した奴が目の前にいるってのに、いつも通りでいられる奴なんていねえだろ」


「ばっ……!」


バカじゃないの!? 一瞬言いそうになったその言葉は、自分の中にしまっておいた。


――それは私だって同じだバーカ。


「そういえばお前、子供には認識されるんだな」


「あ……確かに。言われるまで気づかなかった」


「座敷わらし」


「うっさい」


「あとお前、頭に包帯巻いてたら中二病みたいなんだけど」


「全身包帯まみれだったあんたにだけは言われたくない」