「ルナー!」
静かな『家』の中に、私の名前が響き渡る。そして私の名前を叫ぶのは、ゼスト……ではなくリョウくんである。午前11時。あれから彼の相手をしたのは私ではなくゼストだった。
「あんたのも整理しとくから遊んできなよ」私がそう言って、彼をリョウくんの遊び相手にさせたのである。
「あ」
まだキリのいいところまで書類の整理が終わっていないため、私は机上にある紙の束とにらめっこを続けていた。
「そ」
リョウくんが私の名前を呼んだということは、そろそろ交代の時間ということか。やはり遊び盛りの子供を一人で相手するのは疲れるだろうという話になって、私とゼストが時間を見ながら交代で面倒を見ようということにまとまった。
「おいルナ後ろ!」
「え?」
幼馴染の鋭い声を聞いて初めてその方向を振り返る。でもそのタイミングはあまりにも遅すぎた。後ろを向いたと思ったら、ものすごい勢いで突進してきたであろう男の子の胴体が私の視界を埋めていた。
「べぇぇぇぇぇ!」
「ぐはっ!」
ゴンッ!
少年が勢いを緩めることなく突進してきた衝撃で、私は机の角に頭をぶつける。正直に言っていい? ……一瞬だけど星が見えました。そして言葉で言い表せないほど超痛い!
「おいルナ大丈夫か!」すかさず駆けつけるゼスト。
「な……なんとか」
笑って誤魔化そうと思ったけれど、この痛みだとちょっと厳しいかもしれない。かなりの勢いだったからなぁ。自分の手で押さえている箇所がジンジンと痛む。……これ絶対にタンコブできてるよ。
「ルナ。お前ちょっとこっち来い」
そう言われ、ゼストに身体ごと持ち上げられる私。そしてそいつは、お前はそこを動くなよ、とリョウくんに少しきつめの口調で言った。それがちょっと怖かったのかどうかはわからないが、リョウくんは首で返事をするだけで、それから追いかけてくることはなかった。
ていうか私、なんでゼストに連れられてんの。あの焦りようは今までも見たことがない。いつも私のことをからかって愉しそうにしているゼストがあんなにも焦るなんて……なんだか不思議だ。
そもそもこいつ、こんなにも優しかったっけ。いやちょこちょこそういう場面はあったけど、今日みたいなTHE・平凡な日常の中でこんな優しいゼストは見たことがない。
……いやいや。何でときめいちゃってんの私。確かにこいつに対する気持ちはもうはっきりしているけれども。
つい先ほどの言葉や状況を思い出しては鼓動を激しくさせてしまう私。
そんな自分が、ちょっとだけ許せない。もう絶対こいつにはあんなこと言わないけどね!