ピーンポーン。
午前9時を数分過ぎて、インターフォンが鳴り響いた。今この『家』にいるのは、私とゼストだけ。他のみんなは9時になる数分前に仕事に出かけた。
自分たちだけ探偵らしいことをしていないような気がするのだけれど……。
「はい」出たのはゼスト。
「すみません。昨日依頼した者ですが……」
開けるとそこには小さな男の子と、その父親と見られる恐縮した様子の男性が立っていた。私は彼の後ろで依頼人とその子供を迎えた。
「今日から三日間、出張が入ってしまいまして、子供を見ることができなくなってしまったんです。どうも近くに世話してくれる人がいないもんですから……」
何も質問していないのに饒舌に話すその男性。もしかするとアスタさんがしぶしぶ返事をしたから、まだ了承してもらえていないとでも思っているのかもしれない。
「リョウです。よろしくお願いします」
挨拶しなさい、と父親に促され、頭を下げる男の子。なんて礼儀正しいんだろう。目の前にいる幼馴染に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。そういえば、あの子もこんな感じでしっかりしていたなぁ。
「お一人なんですか? リョウを見てくれるのは二人だと聞いていたのですが……」
「もう一人はここです! あなたの目の前にいるんですけど依頼人さん!」
とっさに声を張り上げる私。前にいるゼストは横目でこちらを見る。その目で何を訴えているのかなんて知ったこっちゃないけどね。ていうか久々にきたなこの見てもらえていない感じ。
「あっ……目の前にいらっしゃったんですね。すみません」
では私はこれで、とその後男性は軽く頭を下げて、背中を向けて行ってしまった。
あの人さりげなく私のこと傷つけてったよ! 完全に認識してもらえてなかったんだけど私!
この数ヶ月間はゼストといることが多すぎた。たぶんそのこともあって、自分の影の薄さを忘れかけていたのだと思う。人には見えないって、そういえばこんな感じだった気がする。
「お兄ちゃん遊ぼー!」
父親らしき男性の姿が見えなくなったちょうどそのタイミングで、男の子――リョウくんが言った。
……あれ。私は? 無視されてる? それとももしかして見えてない? さっき自己主張したばっかなんだけどこの子には無効だった?
こういうケースは初めてだ。あんなふうに大声を出した後、しばらくは誰でも私が“そこにいる”ことを認識してくれているのだが……え? あの一瞬で?
リョウくんに腕を引っ張られる幼馴染。ほんの少し。
――……ほんの少しだけ。
ゼストがこちらを見るのがわかった。目が合うなりそいつはニヤリ。アスタさんに勝るとも劣らない、それに加えて嫌味要素の詰まったすんばらしいドヤ顔である。
腹立つ! あいつマジで腹立つ!
はぁ……。どうして私はあんな幼馴染に“恋”なんてしてしまったのだろう。どうしてあんな奴なんかに“好き”だなんて言ってしまったのだろう。
どうしてあいつは私なんかに“好き”だなんて言ったのだろう。