自分の身に何が起こったのかを考えようとしたその刹那。


「好きだ、ルナ」


――う……そ。


耳元で聞こえた、それ。


それはまるで夢のような言葉で、にわかには信じられなくて、自分が想像していたものとは正反対のもので。


でも、とても幸せな言葉。


袖をまくっていることによりさらけ出された腕にぐるぐるとしっかり巻かれた真っ白な包帯が、じわりと湿っていく。


こんなにも嬉しいのに。こんなにも幸せなのに。


どうして私、泣いちゃってるんだろう――。


「なんかお前、最近泣きすぎじゃね? どんだけ涙もろいんだよ」


「……うるさい。泣いてない」


バレていると知っていてもなお強がってしまうのは、そいつがきっと幼馴染だから。何でも知っている人だから、余計に反発してしまうのだと思う。


短い言葉で一言ずつ返事をしていくのが精一杯で、会話の間に何度も何度も静寂が生まれる。


「――つーわけで」そしてその静寂を破るのはだいたいゼストだ。


「そろそろ子供が来る。準備するぞルナ」


いつの間にか時計の針は午前8時45分過ぎを指していた。彼の言う通り、アスタさんが引き受けてしまった(断りきれなかった)仕事の時間が迫ってきている。


探偵とは程遠い、子守の仕事。ここは保育園じゃないんだからと思っていたけれど、もう決まってしまったのだから仕方がない。ゼストの怪我もまだ完全に治ったわけじゃないし、なるべく動かずに仕事ができるなら。


結局はアスタさんに丸く収められてしまったなぁ。……でも、まあいいか。


私を離し、立ち上がるかと思えばゼストは私に向かって手を差し伸べる。


「…………?」


いきなりのことで、私はわけがわからないというような顔をしていたと思う。


そんな私を見て、深いため息を一つ。やれやれ。そんな声が聞こえてきそうなほどだった。


「…………ほら、行くぞ」


ちょっと乱暴に私の手を掴む。掴む……いや違うな。それはきっと、誰がどう見ても“手を繋いでいる”という状態だったように思う。


繋がれたその手をちらりと一瞥するだけで、あの瞬間、あの言葉を思い出し、顔に熱が一気に溜まっていく。


子供がやって来るのは午前9時。


私とゼストは、それまで一言も言葉を交わさなかった。目線すら合わせることができなかった。また、妙に意識してしまう。


……とくん、とくん。


それもたぶん、心臓が鳴らすこの音の影響だと思う。