「おいルナ」
あの音の正体がはっきりしたあの日から三週間後の今日。ゼストの傷もだいぶ癒えてきたかなという頃だった。
時刻は午前8時をちょっと過ぎた頃。自室にいた私を呼ぶ声が聞こえた。
その声の主は私の幼馴染だ。そしてそいつは私に声をかける唯一の人間であり――
私が“恋”をしている人間だ。
ソウヤさんにその名前を教えてもらってから、気持ち自体は本当にすっきりした。おかげでゼストとの間に感じていた気まずさも、少しずつではあるが緩和されている。そういうこともあって、元の生活に戻りつつあるのだ。
「何?」
扉を開けて顔を出す。というか、私が部屋にいるってどうしてわかったんだろう。だけどちょっと嬉しいかもしれない。
「今日の俺らの仕事、子守だってよ」
…………は? 待って。探偵の仕事らしくない言葉が出てきたんだけれども私の聞き間違いかな?
「ソーリー。ワンモアプリーズ」
何で英語なんだよ、とため息混じりに呟くゼスト。その声量わざとだろ丸聞こえだバカヤロー。
「だから子守だっつってんだろ。一回で聞き取れバカ」
聞き取ってますぅー。この耳でしっかりと聞いてますぅー。
あ、そういえば。あの日から変わったことがいくつかある。
例えば、こいつとのやりとりが楽しくなったということだ。今までも楽しかったけどね。でも、それ以上に大事にしようと思うようになった。
「あと他の奴らはみんな仕事があるらしいから、今日ここにいるのは俺らだけだってよ」
例えば、こいつが何気なく言ったその言葉に一瞬ドキッとしてしまうようになったとか。どうやって表現すればいいのかわからないけど、以前は慌てていただけだったのが、今では嬉しさを感じたりちょっとニッとしちゃったりだとか。
他には……。
「何ニヤニヤしてんだ気持ち悪い」
「うっさいニコニコしてるの!」
私の存在だけでなく、ちょっとした表情の変化に気づいてもらえることに幸せを感じたり、ちょっとした悪戯も許せてしまったりだとか。
言っちまえばいいだろ、なんてソウヤさんには言われてしまったけれど、これはそんな単純なことではないと思う。たぶんあっちが嫌がりそうだし。
ソウヤさんにはわからないかもしれないけれど、言ってしまえばいいという問題ではないと私は思う。タイミングとか相手のことも考えなければならない。
だとすれば、きっと私の場合はこのままなんだ。
三週間前のあの感覚。彼の体温はとても温かくて、そして私を安心させた。あのままの状態が続いていたら、あの後どうなっていただろう。……なんて、そんなことを考えてしまう自分がなんだか惨めだ。
叶わないものを思い浮かべたって、傷つくだけだ。
私は今のままでいいんだ、きっと。今のままじゃなきゃ、ダメなんだ。