【side ゼスト】
いつからだったかは俺にもわからない。でも、“それ”を知ってからは、“それ”に気づいてからは、少なくとも10年の年月は過ぎている。
午後3時過ぎ。よく覚えていないが、意識がぶっ飛んだのは昨日のだいたいこの時間だったような気がする。それからどうなったのかということはさっぱりだが、俺が一日眠っていたのは確からしい。
目が覚めると隣であいつが眠っていた。そして、初めてあいつの体温を至近距離で感じた。気づいたら自分で抱き寄せていた。おそらく折れているであろうあばら骨が痛みを訴えていたが、そんなことはどうだってよかった。ただ、そいつの存在を感じていたかった。
――こうやってお前を抱きしめるための腕は頑張ってくれたよ。
自分で言ったくせに思い出した途端に恥ずかしくなる。でも同時にあいつの熱を帯びた真っ赤な顔が浮かぶと、それはそれで嬉しくなってしまう。
「大丈夫かゼスト」
アスタさんが部屋に入って来た。そういえばあいつ、アスタさんを呼んでくるとかなんとか言ってたっけ。
「この通りなんとか。それより――」
「ルナは来られないって言ってたぞ」
俺が尋ねようとしたことについてピンポイントで答えるアスタさん。しかもそれは、読心術でも使ってんのかこの人はと思ってしまうくらい的確だった。
というか、来られない?
「さっきまでここで寝てたのに?」急に仕事ができたのだろうか。
「まぁ仕方ないな」アスタさんが言う。「たぶんルナの奴、ずっとお前のそばにいただろうから」
普段は彼女の存在を認識できないアスタさん。どうしてそんなことを知っているのだろう。聞けば、ナイトから聞いたとのこと。
私はゼストが目を覚ますまでここにいます。彼女はそう言っていたらしい。
……まったく、バカはどっちだよ。
「ところでゼスト」話を転換しようとするアスタさんの顔は、少し愉しげに見えた。
「お前、ルナに何かやっただろ」
……どうしてこの人はこういうときだけ核を狙ってくるのだろう。誰よりもしっかりしているのだが、どこか掴みどころがないのはこれが原因か。
まあやっていないといえば嘘になるが。
「別に」アスタさんも気づいているのだと思うと、ふと笑みがこぼれる。
知ってしまったから。気づいてしまったから。
だから――。
「ちょっと仕掛けてやっただけですよ」
あのときは本当に無意識だったが、結果的にはそういうことなんだと思う。
「やっぱりな」
そう言って、ははっと短く笑うアスタさん。その言葉が示すものはよくわからなかった。
「お前たちは遠回りしすぎてるよ」
笑うのをやめたと思った直後、俺の耳に入って来たそれ。それを言った本人はなぜかとても満足気なのだが、真意が読み取れない。
元気そうだから俺は戻るよ。それだけ言って、アスタさんはこの部屋を後にした。何をしに来たのかが全くわからない訪問者だった。
だけど、彼のさっきの言葉が妙にしっくりくるのは不思議だった。もしかすると、俺の中のどこかで理解できているのかもしれない。



