「何だ兄ちゃん。金属バット相手に素手で勝負しようってか」
男にはまだまだ余裕があるようで、力任せに押さえつけていく。ゼストもなんとか踏ん張ろうとしているのだけれど、足はガクガクしている。限界なんだ。怪我のせいで。
「……冗談よせよ」それでもなおゼストは笑みを崩さない。
「俺はそんなバカじゃねえよ。素手が金属に勝てねえことくらいわかるわアホ」
――ダメ。このままじゃゼストが壊れる……。私のせいだ。私が動いたからだ。じっとしてろって言われたのに。
死んじゃったらどうしよう。ゼストがいなくなったら私はどうすればいい? ごめん。ゼスト、私のせいで……ごめんなさい。そんな思いが涙となって頬を伝っていく。
男がもう一度腕を振り上げる。今度こそもうダメだ。ゼストはその場を動こうとしないけれど、たとえ受け止めたとしても彼の腕は完全に壊れてしまうだろう。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!
――そして、現場にはまた静寂が生まれる。
「はーい、そこまでー」
それを破ったのは少し陽気なその声と、ばたりと何かが倒れる音だった。
「あれ、もしかしてこいつがラスボスだった?」
「案外あっけなかったな」
「よく耐えたな、ゼスト」
次々と聞こえてくるそれらは、私もゼストもよく知っている。
髑髏のバンダナをしたキロさん、ボタンのついたニット帽を被ったシフォンくん、『家』のみんなをまとめる真面目なソウヤさん。そして、『家』のリーダーのアスタさん。
つまり。
たった四人であの大人数をぶっ倒したということだ。しかも彼らは無傷。
でもそれはゼストが弱いということを示すのではなくて、今の今までゼストがあの群衆の相手をしていたからこその結果である。相手たちもみんながピンピンしている状態だったら、この四人でも厳しい部分があったことだろう。
「…………………………遅ぇ……」
安心したのか、言いながらゼストは弱った顔でニッと微笑む。でも彼の眼の焦点は合っていなくて、なんとか自力で立っていようとしていたけれども、最終的にはふらりとよろめいて倒れてしまった。
口の中が切れているのだろう、彼の口の周りは真っ赤だった。それだけじゃない。腕には血だけじゃなくアザもある。履いているデニムも破れている部分があり、そこかわはじわりと赤いものが滲んでいる。
傷だらけになってまでここに来てくれた。それは本当に嬉しかった。ゼストなら来てくれる、とどこかで思っていたのかもしれない。でも。
――ごめん。本当に、ごめんなさい。
私の中に残ったのは、罪悪感だけだった。
『家』に帰ってしばらくしても、ゼストの目は閉じたままだった。



