【side ゼスト】
――お前はここでじっとしてろ。
それは、俺がルナに言った言葉だ。
最近、あいつの様子がおかしかった。今日だってなんか敬語使ってるし、俺のことも徹底的に避けようとしていた。あいつはタイミングの問題だとかなんとか言っていたが、そんなわけがないことは俺だって気づいている。
そんなわけで、何があるかわからないあの家の中にこいつを連れていくわけにはいかないと判断した俺は、彼女にその言葉を言ったのだった。そのときの彼女の表情は隠れていてよく見えなかったが。
その家の扉はなかなか開かなかった。こんなボロい家だ、扉一枚くらいすぐ壊れるだろうと思っていたが、どうやら俺の考えは甘かったらしい。
「やあやあ兄ちゃん」
扉は開かないうえに、とんでもねえのがぞろぞろ来やがった。なるほど。計画済みってことだな。
「俺ん家に何か用でもあんのか」
さっきバイクで出かけたはずの男の周りには、ざっと数ただけでも30~40人はいる。金属バットに鉄パイプ。……ははっ、おっかねえモンばっか持って来やがって。手土産でも持ってこいってんだ。
「いや。この中にいるガキんちょに用があって来ただけだ」
気持ちの悪い汗が頬を伝う。冷静さを失うな、俺。
いやでも、無防備の俺一人VS武器持ちの多勢。多勢に無勢とはまさにこのことを言うようだ。この状況、どっからどう考えてもヤバくね? 中に入ってガキ連れ出す前に俺がやられんじゃねーの、なんて俺らしくもない考えが頭に浮かぶ。
「残念」男のその言葉が合図であるかのように、一斉にゲラゲラと笑い出す男共。うっせえな。
「兄ちゃん、お前が俺らに用がなくてもなぁ」
ガム噛んでるようなクッチャクッチャした感じ、マジで勘弁してくんないすかね。まあそんなことを言えば即ブチッてなるんだろうからあえて言わないが。
「俺らはお前に用があるんだよ」
んなこと言われなくても状況見りゃわかるわアホ。ベタな流れで喧嘩が始まる感じのやつだろ。こんな田舎のヤンキーはそういうベタなシチュエーションが好きなんだろうか。恥ずかしくて逆に笑いそうになるわ。
「俺は用事ねえから中入らせてもらうわ」
「いや人の話聞いてた!?」
あ? 何だよさっきからいちいちうるせえなぁ。おとなしく入らせろよ。
「俺らはお前に用があるっつっただろ」
「俺はガキんちょに用事があるっつっただろ」
何だこの無駄なやりとり。埒が明かねえじゃねーか。そんなことを思った瞬間だった。
「しつけええええええええええええええ!」
突然男が大声を上げたと思えば、周りにいた奴らも一斉にこっちに向かって走り出した。
これを俺一人でどうにかできる自信はないが、どうにかできるのは俺しかいない。
「……いやお前が一番しつこい」あ、つい本音が。
ほんと、さっさと中に入らせてくれればいいんだが。どうやらそれは頑なに許さないつもりらしい。ストーカーになるとここまでおっかなくなるのか。
好きになった奴は確かに大切にするべきだが。
それはつまり、そいつの人生も大切にするということだと俺は思う。そりゃもちろん、この男みたいに別れて未練があったとしても、その女の生活を壊していいわけじゃない。ましてや大切な子供奪うとは、男の俺から見ても最低だな。
金属バットがひとーつ、金属バットがふたーつ……。鉄パイプがひとーつ、鉄パイプがふたーつ……。
ダメだ。やめたやめた。どっちを数えても終わりそうにない。
さて。
「おっかねえのはてめーらの形相だけで十分だっての」
どうやってガキんちょ連れ出そうか。