「ルナ」


家とまだ少し距離のあるところでゼストが足を止めた。


「お前はここでじっとしてろ」


いつになく真剣な彼の顔つきは、反論しようとする私の口を閉ざした。きっと私が行くと足手まといにでもなってしまうのだろう。


私にはゼストみたいな力はない。同じ『家』で暮らす他のみんなも、私なんかよりずっと強い。確かにそれはみんなが男性だから、という理由も関係している。でも、そういう問題ではないのだ。





――私は本当に、何もできない非力な人間だ。





わかった、と声には出さず縦に首を動かすことで返事をした。


子供は俺が連れてくる。彼はそう言って、私に背中を向けて標的の家へと足を進めた。


とくん、とくん、というあの音が彼の力強い言葉に反応したのはたぶん気のせい。それこそきっと、タイミングの問題だ。


私の影の薄さから考えておそらく誰にも認識されないことは明らかなのだが、万が一のことを考慮してとりあえず木陰に隠れた。


ゼストが扉を開けるのに苦労しているように思える。扉に細工でもしてあるのだろうか。なんとなく、計画性があるようにも思える。まるで誰かがここに来ることを想定しているかのような感じがする。


でも、男はたった今出かけたばかり。戻ってくるまでまだ時間はあるはず。


――――……え?


男がバイクで走っていった道から、群衆のようなものがこちらに向かってきているのが見えた。こんな廃屋だらけの場所にあんな大人数で移動することがあるだろうか。ゼストはその様子にまだ気づいていない。


……嫌な予感がする。しかもこの予感、当たるタイプの奴だ。


ぞろぞろとやって来るその塊。姿がはっきりとしてくるにつれて、予感が実感へと変わっていくのを感じた。


……あれ? 真ん中にいる奴……さっきバイクで出て行った……。


そう。戻ってきたのだ。男が。しかもその男を先頭にした群衆はみんなおっかない顔をしており、まさに現在進行中でやんちゃしてます的な雰囲気をバンバン醸し出している。


頭から突き出た影もだんだんとはっきりしてきた。


――武器だ。金属バットやらパイプやら、もうTHE・武器だ。


「ゼッ……!」


ゼスト危ない! と叫ぼうとした私だが、なんとか一歩手前で踏みとどまる。


確かに私は“そこにいる”だけでは認識してもらえない。だけど声にしてしまえば簡単に見つかる。そんなことになってしまったら私にはどうすることもできない。


それに――。


――お前はここでじっとしてろ。


彼に、そう言われたから。私が出たところで足を引っ張るだけ。ゼストならきっと大丈夫。私はここで信じて待つしかない。


きっと。きっと大丈夫……!