それからまた1時間30分ほど歩いていくうちにだんだんと人の数も減っていき、廃屋や古くなった家屋や工場が目立ち始めた。やんちゃな輩がいそうな、いかにもという雰囲気が漂っている。


「あの家だ」


足を止めるや否や、ゼストは指をさしながらそう言った。それにつられて私も同じ方向に目をやる。


築数十年は経っているような古びた木造の建物。窓ガラスは割れたような形跡があり、直したつもりなのかガムテープで固定されていた。屋根もボロボロで今にも崩れそうな感じがする。周囲の草も好き放題に茂っており、手入れされていないことが遠くからでも一目でわかる。生活感が全くないのだ。


かすかだが、声が聞こえる。うっすらと人影も見える。それらが何を言っているのかを聞き取ることはできないけれど、あの家の中に人がいるということは確かなようだ。


もう少し近づくぞ、とゼストが言うので私もそれに従う。その家との距離が近づくにつれて、少しずつ、声がはっきりと耳に入ってくる。


「――てよ」


何か聞こえた。子供の声? 私はその声だけに意識を集中させる。


「ここから出してよ……!」


聞こえた。間違いない、子供の声だ。男の子。


「ルナ。今の聞いたか」


声をキャッチしたのが自分だけでないことを確認するように、ゼストが隣であの家を睨みながら尋ねる。


「うん、聞いた。男の子の声」


私の目線もあの家に向いたままだった。そして私がそう頷いた直後のことだった。


「喚くんじゃねえようるせえな! お前はそこでじっとしてろ、ガキが」


扉が開き、30代くらいの男が大声で叫びながらそこから出てきたのだ。そしてその男は家の裏側から大型のバイクを出してきて、豪快に音を立てながらどこかに行った。


……アレ完全にやんちゃしてるよ。夜露死苦ぅぅ! とか絶対昔言ってたパターンの奴だよアレ。


「写真の奴とドンピシャだ」


二ィ、とゼストの口が弧を描く。イメージ的には下に凸の二次関数のグラフみたいな感じ。ほんの僅かの隙間から見える白い歯は、ギラリと鋭く光って見えた。


「行くぞ」


その顔は嬉しそうというかなんと言うか……。


愉しそうないつもの顔とはまた少し違ったものだった。それを見て、なんとなくゾッとする私。


こいつは何が起ころうとも敵に回してはいけない。


そんな気がした。


誘拐犯さん、あんた残念だね。


私はそう思いながら、その家へ走って向かうゼストの後についていくのだった。