翌日の午前9時35分。私は久々の仕事に向けて準備をしていた。
準備といっても私にはその仕事内容がわからない。ゼストは、俺も一緒の担当になってるから、と言うばかりで教えてくれなかったのだ。
「まあ外を歩き回るって感じだ」という説明だけ。
何だそれは。アバウトすぎるだろ。ていうかただの散歩にしか聞こえないのは私だけ?
まぁそんなこんなでとりあえず、いつでも出発できるようにと、それなりの服装に着替えた。するとちょうどそこに、
「シフォン。ルナのやつ、どこ行ったか知ってるか」そんな声が聞こえた。
……とくん、とくん。この音はいつも、ゼストの声や彼の名前そのものを合図に鳴り始める。そして私はどうしてか普通でいられなくなる。
「僕は見てないよ」
……うん、まあ当然の返事だよね。閉め切った部屋の中で二人の会話を聞きながら心の中で呟く。
「自分の部屋にでもいるんじゃないの?」
シフォンくんの無邪気で明るい声はとても特徴的だ。だってここ、私を除けばムサい男ばっかだもの。女の子の私でもシフォンくんみたく可愛いと思える存在が一人でもいればちょっと嬉しくなるものだ。私より二つ年上だけど、なんとなく弟っぽいもん。
「それもそーだな」
ゼストのその言葉とともに、扉が一気に開けられた。扉の方向を見るとゼストとシフォンくんがいた。廊下からの空気が部屋に入り込む。朝の空気はとても澄んでいて新鮮だ。
「……あれ。いねえな」
「目の前にいるわバカ!」という電光石火のツッコミは言うまでもなく私である。
あっルナさんそこにいたー! とはしゃぐシフォンくん。私の声でようやくわかったらしい。セリフ自体はすっごく嬉しいんだけど、扉が開いたときに聞きたかったなぁ。
「知ってるわアホ」ゼストに罵倒される私。
ていうか……。
「えっ?」
「あ」
びっくりしたような表情でこちらを見つめるゼスト。いやびっくりしたのこっちだわ。さっきはいないとか言っておいて、今度は知ってるとか……言ってることが180度ひっくり返ってんだけど。てか見つめないで!
「じゃあルナさんも見つかったことだし、いってらっしゃいゼストさん」
何を思ったのか私にはわからないが、シフォンくんは私たちが出かけるようにそう促した。
ホントにこいつ同伴の仕事なんだね。ゼストの言うことだから冗談だと思いたかったけど、ガチのやつじゃん。
はぁ……気まずい。
こいつと過ごす時間がいつからこんなにもつらくなったんだろう。いつからこんなにも話しにくくなっちゃったんだろう。