「――やっと、元に戻ったな」


その言葉に、私は反射的に顔を上げた。


そこにあったのは、とっても柔らかくて、とっても優しくて、とっても温かい笑顔。


初めて見る、幼馴染のそんな顔。さっきの愉しそうな顔とは全然違うその表情は、とくん、とくん、という音を一層大きくさせた。


……何、それ。何なの、その嬉しそうな顔は。そんな顔、今まで一度もしたことなかったくせに。





………………反則…――。





「ルナ」


「はっ……はい!?」


名前を呼ばれただけなのに必要以上にびっくりしてしまう私は一体どうしてしまったのやら。今まではこんなことなかったのに。


「顔、真っ赤だけど」


「えっ……!」


「熱でもあんのか」


頭貸せ、と言わんばかりの勢いでゼストが距離を詰めてくる。


「いや、違……」


どうしたらいい? 私はどうすればいい? わからない。考えながら後ずさる。けれどもしばらくすると壁と背中が接触。私の後ろにこれ以上の空間はない。


だけどゼストとの距離はどんどんゼロへと近づいていくばかり。


とくん、とくん、という音はいつの間にか激しさを増している。


ゼストの顔が私の視界を埋めていく。この音が聞こえていませんようにと、どうしてかそのことを願う私。


目をぎゅっと強く瞑った、その瞬間。


こつん、と額に優しく当たる何かの感覚。


ゆっくり、そして恐る恐る右目を開ける。ゼストの顔は文字通り目と鼻の先にあって、私の額とゼストのそれが触れ合っているのだということがわかった。


鼓動は激しくなる一方で、私にはそれをどうすることもできない。


しばらくして、触れ合っている感覚がゆっくりと消えていく。実際にはほんの数秒の出来事だったのだろうが、私にとってはとても長い時間に思えた。


「……熱はないみたいだけど。本当に大丈夫か?」


これ以上耐えられない。私がダメになる。早くここを離れないと、わけのわからない何かに押しつぶされそうだった。


「だっ……大丈夫、だから…………!」


そう言い残して私はすぐにゼストの部屋を出た。隣にある自分の部屋に一歩入って扉を閉めると急に力が抜け、その場にぺたりと座り込んでしまった。


私……マジで一体どうなっちゃってんの?


名前も知らない心臓のリズム。それは絶えず音を鳴らし続けていた。