そらから数日後。午後6時45分。
あの日以来仕事に参加しなかった私は話でしか聞いていないのだけれど、例の浮気の件は解決したらしい。
夫が奥さんに土下座して謝罪したそうだ。そして奥さんは、私の靴でも舐めていなさい的な感じでその頭を足で踏んづけたんだとか(Sっ気が半端ない)。どこの女王様だよ。なんていうか……どうやら奥さんは予想を裏切らない人格だったらしい。ていうか奥さん、そういうのは家でしてください。
「旦那の気持ちもわからなくはないな」
依頼人である奥さんとこの依頼の原因となるその夫が帰る姿を見ながらアスタさんがぼそりとそう言っていた、とゼストから聞いた。
さっき言ったようにこの数日、私は部屋に籠っていたわけなのだが、やはり私がいなくても何も支障はなかった。
……ほら。やっぱり私、必要ないじゃん。
このままいなくなってしまっても、きっと――。
「おい」
でも、私のそういう思いを止めさせるものが一つだけある。この声だ。
この声の持ち主は、私がどこにいようと必ず私を見つけ出すのだ。誰にも見えていないはずの私を、その声の主だけがキャッチする。
――俺だけは、ちゃんと見てるから。
その声と重なる、数日前のあの言葉。思い出すたびに、それは私の胸をきゅっと苦しくさせる。それと同時に、とくん、というあの音も鳴り始める。
今もだ。
「晩飯、みんなもう食っちまったけど」
私抜きでの食事。いつものことだ。どうしてわざわざ私に言う必要がある。嫌がらせなのかバカ。これ以上精神的ダメージを与えんな。
「……読書の邪魔。どっか行って」
そいつに背中を向けたまま私は言う。もちろん読書なんて一秒たりともしていない。しかし、こういう口実でも作らないと私のバカな幼馴染は動いてくれないのだ。
「お前、最近何いじけてんだ」
いじけてなんか、ない。
「……何なの。この前はちゃんと見えてるとか言ったくせに」
「……………………」
ほら。そうやってすぐ黙っちゃうんだから。全然、わかってくれてないじゃん。
「……見えてるって何よ。何が見えてるっていうの」
何が……。
「何が“幼馴染なめんな”よ! あんたもみんなと同じじゃん! 私のことなんか全然見てくれてない!」
ゼストはずっと黙っていた。
――あぁ、私。酷いこと、言っちゃった……。散々迷惑かけて、そのうえ協力してもらったり助けてもらったりしていたのは私の方なのに。
最低だ、私。
「……好きなときに食えばいい」
返ってきたのは、その一言だった。後ろを振り向くとそこにゼストの姿はもうなくて、代わりに小さめのおにぎりが三つ、お皿に乗った状態で置かれていた。
嫌われた。
そのおにぎりは、とてもしょっぱかった。