「お前、何かあっただろ」
私を呼びに来たゼスト。でも行かないと言い張る私に何かしらの違和感を覚えたのだろう、彼はそう尋ねてきた。
……言ったってゼストにはわかんないよ。わかるわけがない。
「……何もない」だから私は、そう答えた。
部屋の隅で座ったまま丸くなる私。なるべくゼストに感情を捉えられないように、私は顔を腕の中に埋めた。
「アホ。そんなんで隠し通せるとでも思ってんのか」
何年一緒にいると思ってんだと言いながら彼は遠慮なく腕と顔の隙間から手を差し出し私の頬に触れ、上を向かせた。
眼がぴたりと合う。まっすぐに私を見つめる濃いブラウンの瞳は、私の瞳の奥にまで入り込んできていた。ゼストに限ってそんなことはないはずなのに、自分の気持ちが知られてしまいそうで怖かった。
……嫌だ。気づかないで。知らないままでいてよ。
口には出せないそんな私の思いとは裏腹に、彼の言葉は続く。
「幼馴染なめんな」
突如、目から透明になった感情が溢れ出した。わからない。自分の気持ちがわからない。知ってしまうのが怖い。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!
どうして。
どうしてあんたは……。
あんたには私が見えるの……!
幼い頃から存在さえも認識してもらえなかった。当時は誰もがそういうものだと思っていた。でもそれは違うってわかってからは、どこにいたって自分だけが取り残されたような気分だった。
ここでも、そう。
みんなには私が見えない。あのコンビニでさえ私の姿を捉えてくれなかった。こんな日常なら、私はまるで用なしだ。今日の会議にだって、みんなに存在を認識してもらえない私はきっと必要ない。
なのに。
どうしてあなただけは。
ゼストだけは私が見えるの――。
――他の奴らには見えなくても、お前の存在を誰にも認識されなくても、俺は……。俺だけは、ちゃんと見てるから。
それは、あの後彼が私に囁いた言葉だ。私がずっと疑問に感じていたけれどずっと言葉にできないでいた思いを察したかのような言葉。
……とくん、とまた音が鳴る。それはやはりまだ聞き慣れない。
結局、私は会議に参加しなかった。
具合が悪くて出られないということになったのだ。私がするはずだった調査の説明は、私から詳しく話を聞いたということでゼストが全部してくれた。
……とくん。
この音は、しばらくの間消えなかった。



