誰にも見えないその影を




街中までは、家を出て約30分。街の中心部である大通りに近づくにつれて、だんだんと街を歩く人の姿も多くなる。


「――あ! ゼストあの人だよ」


「わかってる」


休憩時間なのだろうか、写真の男がビルから出てきた。昨日とは少し様子が変わって、やたらと周囲をきょろきょろしている。周りの視線を気にするほど何かに警戒しているということは、何か疚しいことがあるということだろう。


「こりゃ黒だな」確信したようにゼストが言った。


「とりあえず見つかんねーように追いかけるぞ」


こんな昼間から他の女性のところに行く人がいるだろうか。いや仕事だったらもちろん会う機会もあるだろうけれど、浮気相手だったら仕事終わりの夜に会うのが普通だと思う。


「夜勤明けだったらどうする」


私の考えを察知したのか、ゼストが言った。


「アスタさんの話によれば共働きらしい。妻の勤務時間は昼間で、旦那は真夜中だって聞いた。そうだとすれば、奴は妻のいない昼間に他の女と自由に遊べるってこった」


最悪だなその夫! その人に限らず不倫だとか浮気だとか、そういうのは許せることではないのだけれど。


見つからないように後を追いかけていくこと約1時間30分。


どんだけ移動に時間かけてんのと思いながらもその男を追跡していくと、なんともまあ立派な一軒家にたどり着いた。まさしくTHE・豪邸です。普段私たちがテレビで見ているような豪邸。


昼間のためカーテンは全開で、そこからは派手なシャンデリアが見える。いかにも大金持ちですアピールをしている家だ。


あ。でっかい玄関から女の人が出てきた。


見た目は若い。加えて美人。そしてスレンダー。モデル活動でもしてるんですか的なスタイルのよさだ。ああ羨ましい。


……じゃなくて!


招き入れた! あの女の人、普通に招き入れたよ! どっからどう見ても夫婦のやりとりにしか見えない……。


「おいルナ」ゼストが私を呼ぶ。


「今日はここまでだ。あいつ、たぶんいつもここに来てんだろ。明日から徹底的に調べるぞ」


「……私、これ放棄したいんだけど」


ただの独り言だったつもりが、どうやらゼストに聞こえていたらしく、


「あ? 何言ってんだお前」なんていう恐ろしい反応が返ってきた。


「だって……昼間からこんな光景見なきゃなんないんだよ?」


“こんな光景”とは、カーテン全開の家の中で標的の男とその不倫相手の女性がハグをしながらキスをしている光景だ。


……あー説明するだけでも吐き気がする。


これから毎日こんなのを見るなんて……みんなから自分の存在を認識されないよりも地獄だ。