「いっ…………!!」
おそらくゼストにとっては不意打ちだったのだろう、驚きと痛みでそいつは声を上げた。
「どうしたゼスト」アスタさんが尋ねる。
「いや別に……」痛みを発する箇所をさすりながら答えるゼスト。
ふふん。ざまあみろ。今朝の仕返しだバーカ。珍しく手当したくらいで罪滅ぼしになると思ったら大間違いだっての。
きっとこのときの私は少し嬉しそうに見えたと思う。だって事実嬉しかったんだもの。ニヤッとしちゃうのはしょうがない。不可抗力です。
まあいい、とアスタさんは小さく呟いて、目を再び手元にある資料に戻した。
隣から感じる鋭い目線は気にしないもん!
「昨日電話で依頼があった。どうにも、旦那の浮気調査をしてほしいとこのとだ」
……浮気調査、ねえ。
年齢なんて知らないけれど、一緒になった人間がなにやってんの。
まあ危ない潜入捜査なんかよりはいいかな。
浮気調査なんていう依頼が来るということは、まだまだ世界は平和ってことか。
そういえば言ってなかった。
ここにいる私たちは、みんな探偵である。アスタさんは人がいいから、ジャンルに関係なく割と何でも引き受けちゃうタイプ。
だからこういう浮気調査も、わかりましたと返事をしたか断りきれなかったかのどちらかだと思う。
「そんなもん自分らで解決させればいいだろ」
普段から怖い顔をしたソウヤさんがさらに不貞腐れたように言う。そりゃそうだ。どうして顔も声も状況すらも知らない私たちが赤の他人の浮気調査なんてしなきゃなんないの。
「そうですよ。私たちが浮気現場を見なきゃいけない理由がわかりません」
いくら探偵とはいえ、私は正直ノリ気じゃない。
「しょうがないだろソウヤ」
「あれ、私は?」
私の名前は呼ばれなかった。あれーおかしいな。ソウヤさんの意見と同じだったはずのに。
それでもアスタさんは気にせず続ける。アスタさん、スルーが鮮やかすぎます。
「一方的に電話切られたんだ。考える時間すらこっちにはなかったんだよ」
あ、やっぱり。
気の強い妻さんだったようだ。完全に彼女の尻に敷かれそうだなー。
そしてそれに嫌気がさして、浮気。
……まあ、わからなくもない。



