「終わったぞ」
彼が何をしたのかをまだ理解できてなかった私はすぐさま自分の右腕を見る。
そこには治療とまではいかないが綺麗に手当てされた形跡があった。
しかもその場所は、彼が今朝わざと踏んだところ。
何これ、と私が言おうとしたのを察したかどうかは彼にしかわからないのだが、私がその言葉を言う前に彼は言った。
「どこぞの小娘が痛い痛いってうるせえから静かにしてやっただけだ」
「そんなのいつものことじゃん。何で今日に限ってわざわざ……」
そう。
私が彼に踏まれるのも、そのことを後になってもグチグチ言うのも日常の一部。
今までに彼がこんなふうにしてくれたことは一度もなかった。
だから、私にはこの瞬間が不思議で仕方がなかったのだ。
「……ただの気まぐれってやつだ。てか、いつまでもぼさっとしてんじゃねえよ。もうすぐ仕事の話が始まる頃だろ」
彼のその言葉で、アスタさんに言われたことを思い出す。
もう朝ご飯はいいや。
私はスタスタと広間に向かって足を進めていく彼の後を急いで追った。



