そこにいる。いない。影がある。ない。


あれほど気にしていたことも、少しずつではあるけれど最近は気にならなくなってきた。ゼストのおかげでもあるのだろうが、私自身の考え方も変わってきたからだと思う。


「あれ、ルナは?」の一言にいつも落ち込んでばかりだったけれど、私はそれをプラスに考えることにしたのだ。どういうことかというと、「ルナはどこにいるのか」と探してくれたり気にしてくれたりするということは、私は認識されているということだ。認識されていなければ、それこそ「ルナは?」なんて尋ねてくることもないだろうし、私が声をかけても誰も振り向かないはずなのだ。


ただ、見えていないだけ。“そこにいる”とわかっているけれど、異常なまでの影の薄さにより見えていないだけ。ただ、それだけなのだ。


そしてゼストには私の影が見えている。たったそれだけの、至極簡単なことなのだ。


きっとそう受け止めることが正解なんだと思う。それだけでだいぶ楽になったのだから間違いない。


“あの人”はきっと、私のことなんて本当にどうだってよかった。でもさっきのあの言葉は、心の底から出たものだったと私にもわかった。私が“あの人”を嫌っているということも“あの人”は知っていた。ただ単にどうでもよかっただけで、私を認識していなかったということではなかったようだ。


甘えたかったよ。話したかったよ。大好きな人ができたんだよって、本当はあんな形じゃなくて――それこそ小さな子供が母親に甘えるように――伝えたかったんだよ。


素直になるのは難しい。自分の正直な気持ちは自分が思っている以上に複雑でめんどくさい。何度も何度も悩んで泣いて、そのたびに彼は隣にいてくれて。まあ半ば強制的に言わされたこともあったけれど、それでも抱えていた何かを吐き出すことはできたわけで。


大きな変化は、“あの人”がうちを訪ねてきた日から数週間が経ったある日にやってきた。


「ルナ」誰かと思って振り返れば、そこにはアスタさんがいた。いつもは私が何かしらのアクションを起こしていたから、思えば声をかけられるのは初めてかもしれない。


「どうしました?」


「ほら、お前の母親が来たときに許嫁云々って話があっただろ?」


ああ、お姫様だかお嬢様だか気持ちの悪い単語が出てきたあの話ね。彼の話すことと自分の記憶が繋がり、それがどうかしたんですか、と先を促す。


「お前に恋人がいるとあの母親が伝えたら納得したらしい。選ばれなかったのは悔しいが、ルナの選択なら受け入れようとのことだ」


本当に、“あの人”はちゃんと伝えてくれていたのか。結果よりもそちらの方に食いついてしまう。どうなるか知らないわよ、なんて言っていたけれど、本当はその許嫁とやらが引き下がることを知っていたのかもしれない。素直じゃないのはあっちも同じってわけか。ほんと、私ってばどこまで“あの人”似ちゃうんだろう。大っ嫌いだけど、やっぱりお母さんなんだ。


「そうですか。よかったです」


「なんだ、やけに嬉しそうだな」何かあったか、と不思議そうな表情を浮かべて。


「いえ。私にも“お母さん”はちゃんといたんだなって思っただけです」


「当たり前だろう」アスタさんはフッと口角を上げた。「誰がお前を産んだと思ってるんだ?」


「そりゃあもちろん――」私は満面の笑みを浮かべて返した。「私の、大っ嫌いなお母さんです」