「……ありがと」
“あの人”が帰ってから十数分後のことだった。たぶんという形でしか言えないのだけれど、私一人じゃ絶対に“あの人”をこの『家』から追い出すことはできなかった。
でも、どうしても気に入らなくて。何も知らないくせにゼストのことを“汚らしい男の子”だなんて言ったことに無性にイライラして。
でも、もしかすると“あの人”は私がこの『家』で暮らしているということを知っていたのかもしれない。私をあんな風に引っ張り出すためにわざわあざあんなことを言ったのかもしれない。ゼストと私は昔から一緒にいたし彼が家に来るのを“あの人”だって何度も目にしている。
それが二人ともこういう歳になって感情というものも知っていく中で、いずれはこうなるのかもしれないとどこかで感じていたのかもしれない。まあそれは完全に私の勝手な推測に過ぎないが。
「俺は事実しか言ってねえけどな」
つーかいつになく素直で気持ち悪い、と。なんだとコラ。珍しく素直にお礼を言ってんだからそっちこそ素直に受け取っとけっつーの。このたった一言にどれだけの勇気を費やしたと思ってんのよバカヤロー。
てかさ、とそいつは続ける。「急に応接間に向かったと思えばなんだ、俺のことが好きで離れる気なんて微塵もねえってか。嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「うっ……うるさい!」繰り返すな、それを。恥ずかしいからマジで。そもそもあれは無意識のうちに出た言葉たちだから。私の意志で言ったわけじゃないからね。
「ま、そーいうわけでこれからもよろしくな、“汚らしい小娘”さんとやら」
「“汚らしい男の子”とこれから一緒に過ごす時間が増えると思うと鳥肌が立つわ」
「感動で?」
「あんたといることのどこに感動する点があると思ってんの?」
「俺の唇奪っといてよく言う」
「いや先に奪ったのお前だから!」
「はい認めたなお前。奪ったの認めたな? 撤回はなしだからな」
「……あんた相変わらず最低だね」
「最高の誉め言葉だバーカ」
「知ってるわバーカ」
素直な気持ちで、素直な言葉を伝えられない私のバカさは相変わらずのようだ。最高の誉め言葉、か……。
「………………大好きだよ」私にとってはこれが彼へ注ぐ最高の誉め言葉だど思う。だから、そう言ってやった。
「おいおいこりゃ最高の殺し文句だな」
それはどういう意味なのだろうかと考えていると、
「好き。大好き。だからこれからも、俺の隣にいろよ?」
そう言う彼の顔なんて見られるはずもない。頬が熱いとすぐにわかる。こんな顔、彼に見られてしまったらおしまいだ。