「ええ、そうです。知っていますよ、そのくらい。“いつの間にか”いなくなっていたんですよね」
いつの間にかアスタさんと“あの人”の立場が逆転している。表情なんて見なくても口調でわかる。“あの人”はきっとアスタさんの仕掛けた罠に嵌ってしまったに違いない。
「“いつの間にか”は10年前に訪れている――もっと言えば“いなくなっていた”のではなくて、あなたが自身の世界の中から娘さんを“追い出した”んですよ」
アスタさんの冷静な推理というか分析というか、そういうものをこんな形で耳にしてしまうなんて思ってもみなかった。この『家』の人にも私のことなんて見えていないと思っていたけれど、私の思っていることとは少し違っていたようだ。
“見えていない”だけで“認識している”のである。私が“そこにいる”ことは、ちゃんとわかってくれているのだ。アスタさんがあそこまできっぱりと断言できていることがその証拠だ。
「そして今になって娘さんを“取り戻す”ことにこだわる理由をお聞かせください。こちら側が納得すれば快くその依頼を引き受けましょう」
ここにきて“あの人”の考えていることが本当にわからなくなった。アスタさんが難しく言うからかもしれないけれど、“あの人”がどう答えようと私には一つも理解ができないような気がした。
「――――いいわ。話してあげる」
一体どこで拾ってきたのかは知らないが、また少し、余裕ぶっこいた冷酷な態度が戻ってきている。どんな答えを用意しているのかなんてわからないけれど、嫌な予感しかしないのは気のせいではないと思う。
「実はね、あの子はお嬢様なのよ。お姫様なの」
聞き慣れない単語が耳に届く。“あの人”は平然とした顔で淡々と言っているのだろう。お嬢様。お姫様。皮肉にしか聞こえないそれはきっと“あの人”なりの反抗のようなものだ。
「あの子の将来は決まっていたの。許嫁だってちゃんといたのよ。それはもうとても礼儀正しくて頭もいい男の子だったの。誰もが認めた男の子。完璧と言っても過言ではないわ。
あの子といつも一緒にいた汚らしい男の子とは大違い」
――――――――。
一番聞きたくなかった言葉。一番言ってほしくなかった言葉。“あの人”なんかに、一番言わせたくなかった言葉。
「…………ゼスト。絶対ここから動かないでね」
今私がどんな顔をしているのかなんて知らない。ゼストがどんな顔をしているのかなんて知らない。
でも。
あの言葉に、これ以上にないくらいの怒りを覚えたのは確かだ。
さあ。ケリをつけにいこう。
勝負だ。
ゼストの返事も聞かずに私は応接間へと歩き始める。そんな私を彼は止めようとはしない。ありがとう、ゼスト。



