なんだかんだでゼストに丸く収められてしまって『家』に戻ってきてしまった。力でもそうだけど言葉でも彼には勝ったことがないのだから仕方がないと言えば仕方がない。


「――だから、それでは困ると言っているんです」


アスタさんのものと思われる困惑した声は玄関まで聞こえてきた。“あの人”はまだいるのか。しつこいというか迷惑極まりないというか……それだけ断られておいてどうして諦められないのだろう。一体私の何に執着しているというのだろう。


その執念は――以前なら仕事にしか働いていなかったその執念は今、何を捉えているのだろう。どこに向かっているのだろう。


「娘を探してほしい。ただそれだけの依頼なのよ? 何に困るというの?」


こういう「私は権力を持っています」的な態度はやはり相変わらずのようだ。私の大嫌いな人。確かに昔からバリバリのキャリアウーマンだったし、それなりに高い地位もあった。


だからこそ私は“あの人”が大嫌いなのだ。仕事命の“あの人”が大嫌い。仕事に向ける熱心さや関心を、ほんの少しでもいいから本当は私にも注いでほしかったのだ。まあ“あの人”にそんなことを言ったってわかってもらえるとは微塵も思っていないけれど。


「あんたが自分で放り出してきた娘くらいあんた自身で探せっつーことだ」ソウヤさんも一歩も譲らないと言わんばかりの主張を続ける。


「何、私が加害者で娘が被害者だとでも言いたいの?」


「実際そうだろ」


ここまでバッサリと言えるのはソウヤさん以外にありえない。なんだか『家』を出る前よりも心なしかイライラしているように聞こえる。ソウヤさんってこんなにも短気だったっけ。それとも“あの人”が人をイラつかせる達人なのか。可能性としては後者の方がずっと高いか。


「では、言い方を変えましょう」


一方でアスタさんはさっきとは一変して冷静だ。やはりこの『家』の、そしてこの探偵事務所のリーダーだけのことはある。この口ぶりからすると何かいい策があるようにも思える。


「10年前からいなくなっている娘さんにこだわる理由を話していただけない限りはご協力できません」


「……………………」


先ほどまで余裕そうに言葉を出していた“あの人”の声が、止まった。何か言葉に詰まるような、答えられないようなものがそこにはあるのだろう。


「…………私は『10年前からいない』なんて一言も言っていないわよ」


アスタさんのしようとしていることがわからない。きっとそれは私だけじゃなくて“あの人”も同じなのだろう。何かしらの答えに誘導しようとしているのは確かだろうけれど、どのような答えを求めているのかが全くわからない。