「ルナ。お前、あの女のことは好きか」
あの女と聞いて出てくるのは“あの人”しかいない。好きか嫌いか。そう尋ねられたら、出す答えはもう決まっている。
「……嫌い。大嫌い」
そう。私は“あの人”が大嫌いだ。昔からそうだった。自分勝手すぎる。仕事となれば私のことなかよりもそっちを優先して、帰ってくる時間も遅いし帰ってきたと思えば「ただいま」の一言もなく寝てしまう。そもそも“あの人”は私のことなんてどうだってよかったんだ。そんな人をどうやって好きになれと言うのだろう。
「そうかい」納得したように彼は言った。この距離だから、こんな小さくて短い言葉でも聞き取れたのだと思う。
「じゃ、ケリつけてこい」
「え……?」
ケリを……つける。私が“あの人”のことを嫌っているということとケリをつけてくることがどう繋がっているのかがわからなくて頭の上に「?」をたくさん並べていると、
「あいつ、お前を見つけて連れて帰ろうとしてんだ。だからルナが自分で断ってこい。俺らが言っても無駄なんだ。お前がちゃんと、断ち切ってこい」
お前なんか大嫌いだと伝えてこい、だそうだ。ほんと、簡単に言ってくれる。実際はとても簡単なことなのかもしれない。でも今の私にはものすごく難しいことのように思えるのだ。
……なのに、どうしてだろうね。不思議と簡単なことのように感じてしまう。
「……わかった」
大粒の雨は少しずつだけど落ち着いてきて、音とともに雫もだんだんと小さくなっていく。あんなに大きくて黒くて分厚かった雲から太陽の光が差し込み始めていた。通り雨だったようだ。
10年前と同じことを、同じ場所で繰り返す。あのときと同じように、私よりびしょびしょになって私の腕を掴んで前を歩く君の手は、
「……大きくなったね」
頼もしく、なったね。
「言っとくけど俺の方が年上だからな」悔しかったのか、こちらを向いて悪戯な笑みを浮かべる彼。その微笑みにつられてしまう。
「二年分だけね」
たった二年。されど二年。決して埋まらないその時間。きっと二年という時間が開いているからこそ、彼がよりいっそうカッコよく見えたり頼もしく見えたりするのだと思う。
「……それにしても、よくここだってわかったね」
「お前の行きそうな場所っつったらここしかねえだろ」
「失礼な。……ゼストの胸にだって飛び込むことくらいある」
「なっ……」
「……何よ」
「…………急に素直になってんじゃねーや」