「……帰って何になるの」私の眼は彼を捉えていて、彼の驚きと戸惑いに満ちた表現しがたい表情が映っていた。
「私が帰って何の意味があるの」
溜まっていた全てをどこかに捨ててしまいたくて、でもどこに捨てたらいいのかがわからない。そしてその場所を“彼”にしてしまった。
「ルナお前、何言って――」
「だってそうじゃない!」
もう嫌だ。この先のことは絶対に言っちゃダメなんだ。頭の中ではちゃんとわかっているのに身体が、口が、言うことを聞いてくれない。全部吐き出しちゃえよ、なんていう欲に簡単に負けてしまう。ねえ誰か止めて……。
「私なんてあの場所にいたって誰にも認識されないじゃない! 声をかけてくれる人どころか気づいてくれる人もいない、いてもいなくても同じでしょ!? そんな場所に帰って何になるの? 誰が得するの? 私なんて消えてしまった方がみんな喜ぶんじゃないの? お願い……お願いだからもう相手にしないでよ。みんな“あの人”みたいに無関心でいればいいの。じゃないといつまで経っても消えられないじゃない……」
消えてしまいたいんだよ、私は。私がそこにいるとわかっている人がすぐ近くにいながらその誰にも相手にされないのはもうたくさんなの。もう嫌なの。何もかも。なのに……。
「なのにどうして消えさせてくれないの?」
彼は私の言葉を遮らなかった。言いたいことを言いたいように言わせていただけなのか、それとも遮るだけの言葉が見つからなかったのか、はたまた他にもまた別の理由があるからなのかは濡れた前髪に隠れた彼の顔からはわからない。
消えてしまった方がいいというよりは、消えてしまいたかったというのが本音だった。たぶん『家』に来ているのが“あの人”だと知ってしまってこうして外に出たのも、誰も知らないうちにみんなの意識の届かないところへ消えたかったからなのだと思う。
いつからこんな風に考えるようになったのかは自分でもわからないけれど、日に日にその想いが強くなっていることは実感していた。
けれどそんな中でも、一つ、ちゃんとわかっていることがある。消えたいと思いながらもそれを実行に移せなかった理由が。それは――。
「決まってんだろ」
この声が。そっと私を包んでくれるそのぬくもりが。そのにおいが。
「お前が消えたら俺が困るからだバーカ」
そう言って優しく触れる唇の感覚が。ふわりとした笑みを浮かべるその顔が。
彼の全てが、どうしようもなく大好きだからだ。



