「――だから言っただろ、後悔すんなって」
気がつけば私は再びゼストの部屋に来ていた。どうやって来たのかもわからない。この状況を見る限りはゼストがさっきみたいに手を引っ張ってくたという推測もできるけれど、自分で無意識に歩いてきた可能性も少ないながらあると思う。
あの声の主の正体に気づいた――気づいてしまった私はどうすることもできなくて思考回路が完全に停止してしまっている。ゼストが私を応接間に入らせようとしなかった理由が、「何があったの」と訊いても嘘で誤魔化した理由が、あの瞬間で全てわかってしまった。
なんで。どうして。
どうして、このタイミングで。どうして10年も放っておいて。
――お母さんが来るの。
世界は意地悪すぎるよ。どうしていつも、私ばかりがこうなるの。どうして私ばかりに試練を与えるの。それも、私なんかには越えられない試練を。
「……あの人、何をしに来たの」
もう“お母さん”とは呼びたくない。私が遊んでいる間に家を出ていったくせに今さらになって来るなんてバカじゃないの。
「娘が気づいたらいなくなってたから探してくれってよ。もちろん俺たちはあの女がお前の母親だって知ってるから断ってる。お前がここにいることも言っていない」
だがなかなか諦めてくれないらしい、とゼストは続ける。「いつの間にか姿を消すのは昔からだった、今度は失踪したかもしれないから探してほしいって」
気づいたらいなくなっていた? 失踪したかもしれない? 冗談じゃない。私を置いて姿をくらましたのはそっちでしょ。何が「昔からそうだった」よ。とぼけんのもいい加減にしろ。
“昔からそうだった”のは、あの人の方だ。私のことなんてまるで興味なし。声をかけたって生返事だったのはどこの誰よ。私があげた誕生日プレゼントを私の目の前でゴミ箱に入れたのはどこの誰よ。私があの人のために必死になって書いた手紙を破ったのはどこの誰よ。
褒めてくれなかったのは誰。怒ってくれなかったのは誰。甘えさせてくれなかったのは誰。慰めてくれなかったのは誰。応援してくれなかったのは誰。ご飯を作ってくれなかったのは誰。怪我をしても熱を出しても病院に連れて行ってくれなかったのは誰。
――探してくれなかったのは誰。
全部全部、あの人だ。そんな人が今さらになって、気づいたらいなくなっていた娘を探せ?
何なの。何がしたいの。何が目的なの。
「……私ちょっと散歩してくる」まだ震えの止まらない足で立ち上がって彼の部屋を出る。
「あ、おいルナ!」
背中からは私を止めるような声がしたけれど、たぶん聞こえただけで“いつもの私”には届いていなかったと思う。



