誰にも見えないその影を




【ゼストside】


予定よりも早く父親が迎えに来たってのに「嫌だ、帰りたくない」と頑なに拒否する目の前の子供。父親が来たという報告を耳にして喜んで父親のいる玄関へと飛んでいく――はずだったのだが、それを180度覆したそいつは、今の俺たちにとっては厄介者以外の何者でもない。


ルナに父親の相手をしてもらうよう言ったのは、鈍感なあいつは気づいていないが俺には気づいていることがあるからだ。


玄関へと向かったルナの足音が完全に聞こえなくなったのを確認し、俺はその部屋と廊下を隔てる扉を閉める。さあ、ここからは男同士の話し合いといこうか。年齢なんてもはや無関係。このガキんちょはずっと隠していたようだが、俺にはバレバレだっつーの。


「おい」


未だ顔を上げようとしない少年に声を投げつける。まあこの程度の呼びかけでこいつがこっちを向くとはさらさら思ってねえけど。


だから俺は、もう一つ踏み込んでこいつの核心を突いてやった。





「お前、いつから好きなんだ、ルナのこと」





そいつは「好き」と「ルナ」の組み合わさった言葉を聞くや否やバッと顔を上げた。泣いていたのかバレていたことが恥ずかしいのかは定かではないが、その顔は今にも火が出そうなほどだった。赤く腫れた目の周りに耳まで真っ赤にしたそいつを見ると、もしかすると両方に当てはまるのかもしれない。


「……何の話だよ」


まだ年齢が二桁にも満たないようなこんな子供が誤魔化そうとするとは……こいつ、マジでめんどくせえ。


「隠してんじゃねえ。こちとらお前が家に帰りたくない理由くらいわかりきってんだよ」まあこいつがどんな答えを投げかけてこようが俺にはどーでもいいことだが。


「いいか、よく聞けよ」わざと間を空けて、続ける。


「あいつは俺の“彼女”だ。まだまだガキんちょなお前に、あいつが振り向くと思うか?」


自分で言っておきながら思う。大人げなさすぎだろ、俺。ガキ相手に何ムキになってんだか。こんなのにルナを奪われるはずがないというのはわかりきっていることなのに。


俺の問いかけに対しての答えはもう出ているのだろう、そいつは何も言ってこない。


「まあ安心しろ」このまま大人げない状態で終わらせるのはなんだか腑に落ちないので、言っておく。形としては“誓う”に等しいのかもしれないが。


「ルナのことはお前の分まで俺が好きでいるから、お前はお前でちゃんと恋をしろ」


うん、と頷き少しずつ顔が緩み始めるそいつの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。そういえばこいつをこうして撫でたのは初めてだったか。


押入れからようやく出てきた。吹っ切れたらしい。表情もすがすがしいものに変わった。こいつはきっと、俺なんかよりもずっとちゃんとした恋をするだろう。俺みたいな遠回りはしないと思う。


「決め手はアレだろ。怪我させたのに優しくしてくれたのが嬉しかったんだろ。お前も簡単な男だな」


「……お前もってことは、お兄ちゃんも?」


「さあ。どうだか」